眉村の部屋へ向かう途中、彼の隣の部屋から寿也が出てきた。
寿也は彼と目が合うと驚いた表情をした。
「なんで佐藤がこんなところにいるんだ?」
「僕は吾郎君に用があったから」
「そうか、隣が茂野の部屋かよ。お前ら相変わらず仲がいいんだな」
「まぁね。幼馴染だしさ」
なんとなく幸せそうな表情の彼を見て、眉村が落ち込んでいる原因の一端を垣間見たような気がした。
「幼馴染、ねぇ……」
二軍時代に何度も聞いたその言葉。ただの幼馴染にしては仲が良すぎる気もするがそんなものだろうか? 寿也が部屋へ戻るのを尻目に眉村の扉の前に立ち、大きく深呼吸をしてから、呼び鈴を押す。
しばらく反応がなかったが、二度目の呼び鈴で扉が開いた。
「薬師寺?」
「よ、よぉ」
現れた彼にドキッとしたが、できるだけ平静を装い促されるまま中へ入る。
テーブルの上には眉村愛用のMDウォークマンが置いてあり、イヤホンが繋がれていた。
「さっきの話だが……」
いきなり眉村がその話を持ち出したため、薬師寺の鼓動は跳ね上がった。
「あ、あれは冗談だったんだよ! 冗談! だから気にするなっ」
「冗談? お前さっきと言ってることが違うじゃないか」
ハハハッと笑っていた薬師寺は眉村の言葉にヒクッと引きつった。
(そうだった! 俺、眉村にキスしたんだった!)
これが冗談に見えるか? と、自分で言っていた事実を今更思い出し、サーっと血の気が引いていく。
(俺、何バカなことやってたんだ)
頭を抱えてなにやら一人で考え込んでいる薬師寺に眉村は苦笑した。
「結局、やっぱりあれは冗談だったのか?」
「い、いや……その……」
「一瞬でもお前の事を考えていた、俺がどうやら甘かったらしい」
「は?」
「薬師寺と、付き合ってみるのも面白いかと思ったんだが……悪趣味だな」
ふぅっと息を吐き、きつい瞳を伏せる。
その仕草にドキッとした。
「お前ならもしかすると、茂野の事を忘れさせてくれるんじゃないかと思ったんだが……。お前も人が悪い」
「……あ……」
深いため息をついて暗い表情をする彼に、薬師寺はいたたまれない気持ちになる。
傷ついた相手に言う冗談では無いことくらい薬師寺にもわかっていた。
「本当に、冗談なのか?」
不安そうに尋ねてくる眉村に、なんと言っていいのかわからずに沈黙する。
しばらく、重たい空気が流れる。
「……やっぱり、さっきの言葉取り消す」
「?」
「冗談ってのは嘘だ。本気で眉村と付き合いたいと思ってる」
まっすぐに、見つめ勇気を振り絞って伝えた。
女性に告白するより緊張しているかもしれない自分がとてもおかしかった。
「茂野の事、簡単には忘れられない。それでもいいのか?」
「別に構わない。そんなの俺が忘れさせてやるから」
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