(俺、なんてこと言っちまったんだ!)
自室に戻った薬師寺は、そのままベッドに倒れ込み枕に顔を埋めた。
先ほど自分で言ってしまった発言を思いだし、困惑する。
別に自分の気持ちを打ち明けるつもりなど、全くなかった。
心に秘めて隠し通すつもりだった。
自分が眉村に恋心を抱いているとはっきりと自覚したのは卒業後。
初めてプロと言う舞台で対戦した後のことだった。
敵として現れた旧友は背筋が凍るかと思うほど恐ろしくもありカッコよく思えた。
その時は負けてしまったのに悔しさはなく、マウンドで見る彼の姿に胸が高鳴った。
試合後、偶然選手用の通路でばったりと出会い久しぶりに会話をした。
相変わらず表情は乏しかったが、最後に握手をして別れ次の試合での再戦を誓った。
その手のぬくもりがずっと忘れられずに、聞きなれたその声までも新鮮にいつまでも耳に残っていた。
高校時代、眉村が吾郎のことをずっと思っているのは知っていた。
それでも別に気持ちが悪いとかそんな感情はなく、彼が吾郎のことで一喜一憂するのをただジッと見ていた。
気になる存在ではあったものの、それは憧れから来るものであると思い込んでその感情の出所を深く考える事は無かった。
自分より常にワンランク上にいる眉村は、薬師寺にとって雲の上に居るような存在だ。
手の届かない場所にいるからこそ、気になるのだとそう勝手に思い込もうとしていたのだろう。
卒業したらリーグも違うしこの気持ちも薄れていくだろう。そう思っていたのに……。
なんとか寮生活にも慣れ、スタメン起用されるほどの実力もついて来た。中学時代から付き合っていた彼女ともオフの時には会ったりして順風満帆な滑り出しのはずだった。けれど、交流戦で眉村と対戦して以来、少しずつ彼女とはうまくいかなくなって、結局別れることになってしまった。
原因はもちろん自分でも判っていた。
彼女と一緒にに居ても、なぜか浮かんでくる眉村の顔。
いままで楽しいと感じていた彼女とのひと時もなんだか色あせて思え、代わりにテレビで見る眉村の華々しい活躍に不思議な高揚感を覚えた。
テレビ越しに見る彼の存在感が薬師寺の中で日増しに大きくなっていく。
そんな自分に戸惑いを覚えながら、日々を送っていたある日。若手選抜の話を耳にした。
日本代表には眉村がいて、沖縄で会えるかもしれない。
そう思うと心が躍った。
そうして初めて気がついた自分の気持ち。
自覚するのに随分経ってしまった。
それに、いきなりそんなこと言っても受け入れられるはずもない。
だからずっとこの気持ちは自分だけの心にしまって旧友として今までどおりでいれたらいい。
そう考えていたのに。
けれど、なぜか自分たちに合流するような形で吾郎が現れ眉村がひどく塞ぎこんでいるのを見て、二人の間に何かがあったのだと悟った。
落ち込んでいる彼を薬師寺は見ていられなかった。
そして無意識にするりと口をついて出た自分の気持ち。
今になってなぜ、言ってしまったのだろうと後悔の念に駆られる。
いきなりあんな事を言ってしまっては眉村だって困っているに違いない。
「ああ。明日試合だってのにアイツとどんな顔してあえばいいんだ」
頭を抱え悩んでみるが答えが出るわけはなく、そのままゴロゴロとベッドの上を行ったりきたり。
(こんなことで悩むなんて、俺もまだまだガキだな)
ふとそんな事を考え苦笑した。
話してしまった事実は変えられないし、言われた眉村もさぞかし困っていることだろう。
さっきのはやっぱり冗談だった。そう言って笑って誤魔化せば何とかなるかもしれない。
それが一番、いい方法のように思え、薬師寺はガバッと跳ね起きて、眉村の部屋へと向かう事にした。
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