眉村は、二人が吾郎の部屋へ入ってゆくのを目撃して、気持ちが暗くなるのを感じていた。
部屋に戻ろうかと思っていたが、なんとなく部屋には戻りたくなくてもう一度エレベーターに乗り下へ向かう。
海岸で景色でも眺めれば気分が晴れるだろうか?
そう思ってのことだった。
その時、寿也が降りようとした階のホールでドアが開き薬師寺が入ってきた。
彼は、眉村の姿を見て一瞬目を丸くしたが、すぐに懐かしい旧友に笑みを零した。
けれど、どことなく元気がないのに気がつき黙り込んだ。
「今からどこに行くんだ?」
「少し海岸で景色でも見ようかと思って」
「……」
薬師寺は少し考えてから、一緒に行ってもいいか? と尋ねてきた。
珍しいこともあるものだと不思議に思ったが、断る理由も見つからず「ああ」と短くうなずいた。
誰もいない海岸線沿いを、眉村の後ろから黙って薬師寺はついてきた。
気を使ってか、邪魔にならない距離を選んでただ黙々とついてくる。
「日本代表のくせに暗い顔してんな」
薬師寺の言葉にギクリッとした。
立ち止まって腰を降ろすと、その横に薬師寺も座る。
静かに波のさざめきだけが聞こえてくる。
沖縄といえどやはり一月はまだ肌寒い。
「茂野にでもふられたか?」
ポツリと呟いた薬師寺の言葉にギョッと身を竦めた。
彼に吾郎への想いを打ち明けたことなど一度もなかった。
なぜ知っているのかと言わんばかりの形相をして薬師寺を見る。
「なんで、そう思う?」
「別に……なんとなくそう思っただけだ」
フンッと鼻を鳴らし膝を抱えて遠くを見つめる。
「俺が茂野のこと好きだって、なぜ……」
「知ってるよ。もうずっと昔から……二軍にいたときからずっと、な」
すっかり暗くなった海を眺めながら薬師寺は静かに続ける。
「俺は、お前しか見てなかったから」
「!?」
薬師寺の言葉に驚き、目を見張った。
一体なにを言っているのかと、信じられない気持でいっぱいだ。
「知らなかっただろ? お前の目には茂野しか映ってないもんな」
そう言って、自嘲気味に笑う。
ほんの少し頬を染めている姿を見るのは初めてで、とにかく驚きを隠せなかった。
今まで薬師寺はただのチームメイトで、それ以上でもそれ以下でもなく結構気の合う仲間としか思っていなかった。
それに彼には彼女がいたはずだ。
「冗談にしては、笑えんな」
「……冗談かどうか確かめてみるか?」
そう言っておもむろに眉村の頬を掴み、唇にそっと口付ける。
「!!」
「こんな事するのが、冗談に見えるんなら仕方ねぇ」
それはほんの一瞬の出来事。すぐに唇は離れ薬師寺はふいっとそっぽを向いてしまう。
「茂野しか見えてねぇのは知ってるけど、そんな顔すんな」
そう言って立ち上がる。
「そうそう。茂野の代わりにはなれねぇかもしれないけど……もし、お前さえよければ付き合ってやってもいいぜ?」
唖然としている眉村を余所に、言いたいことだけ言って薬師寺はホテルへと戻っていった。
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