「おい」
更衣室で着替えていると、後ろから落ち着いた響きの声がした。
その声を聞いただけで胸が高鳴り、肩がピクリと反応する。
けれど振り向けないでいた。
「シゲノ、聞いているのか?」
「聞いてる。なんか用かよ」
声を聞くだけで早くなる鼓動や自然に火照りだす顔に困惑しながら手早く着替えを済ませる。
「最近、お前によく視線をそらされるが俺の気のせいか?」
「……」
吾郎は答えなかった。背後から彼が近づいてくるのがわかり身体を強張らせる。
「そんなに俺が嫌いなのか、シゲノ」
「え……?」
ギュッと後ろから抱きしめられて、あまりにも突然の事に今にも口から心臓が飛び出しそうなほど。
話しかけられた右耳が熱い。
まさかキーンに抱きしめられるなんて思ってもみなかったので、どうしていいのかわからずに身体をこわばらせる。
「嫌いじゃ、ねぇ」
「じゃぁ何故、視線を合わせてはくれないんだ?」
「それは……っ」
どう、答えたらいいのだろう?
吾郎は悩んでいた。
目を合わせてしまうと離せなくなりそうで怖い。
けれど、なぜか彼を目で追ってしまっている自分がわからない。
それをどうやって説明したらよいのだろうか?
自分の気持ちを上手く説明する言葉が見つからない。
「こっちを向いてくれ。俺は……お前が好きなんだ」
耳元で囁かれて、その甘い声色にゾクゾクする。
「す、好き?」
誰が、誰を?
キーンが……俺を?
久しぶりに聞いたその言葉にハッとする。
それと同時に寿也の事が頭をよぎり慌てて身体を押しのけようとした。
「悪い。俺……お前の気持ちには答えられねぇよ。 キーンの事は嫌いじゃねぇし、多分好きなんだと思う。だけど俺、日本に付き合ってるやつがいるから」
必死に言葉を選び自分の思いを伝えようとする。
だが、キーンは抱きしめている腕を緩める所か、顎を持ち上げ、強引に口づけてきた。
「んっ! ……ちょっ、おまっ何すんだよっ!」
突然の出来事に抗議すると、情熱的な瞳に捉われる。
「日本に恋人がいようが、そんな事は関係ない。 お前は俺の事が好きだと言った。キスをする理由なんてそれで十分だろう? 置いてきた恋人の事なんて忘れて俺のものになれ。シゲノ」
「なっ!? んぅ……っ」
腰をグッと引き寄せられ息が出来ないほど深く口づけられる。
歯列をなぞり、息継ぎの合間に開いた口腔内に舌が侵入してくる。
「俺は、お前の事が好きなんだ……こっちにいる間だけでもいい」
何度も蕩けそうなキスをされ、甘い痺れが全身を支配する。
耳元に響く艶っぽい声色に腰が砕けそうになり、思わず彼の上着を掴んだ。
「ずりぃ……いきなりこんなキス……」
「俺のものになったら、毎日でもしてやる」
「……っ馬鹿」
今まで、見た事もないような表情に、吾郎は不覚にもドキドキしてしまう。
頬を染め、慌てて視線を逸らした吾郎をキーンは満足そうに見つめていた。
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