気がつけば、吾郎は病室のベッドの上にいた。
延長12回、眉村を三振に取ったところまでは覚えているが、最後のバッターである草野に対しいつボールを放ったのかよく覚えていない。
最後のボールは田代に届くことなく、マウンドに倒れ込んだ。
結果は聖秀の負け。
全身全霊をかけて戦ったあの試合はまさに死闘と呼べるにふさわしいものだった。
海堂は確かに強かった。
試合には負けてしまったが、悔しさは無く不思議に穏やかな気分だ。
最後に田代や藤井に肩を預けマウンドを降りたとき、駆け寄ってきてくれたのは寿也だった。
泣きそうな顔をして『戻ってきなよ 』と言ってくれた。
その気持ちは本当だと思ったし、とても嬉しかった。
チラリと目をやれば右足には再びギプスが巻かれていて,
身動きの取れない状態に逆戻りしている。
そんな姿に思わず小さな溜息が洩れた。
けれど最悪の事態は免れたらしく、無理をしなければ半年後には足首も元に状態に戻ると言われた。
ホッと安堵したとともに、自分の高校野球が終わってしまったことが少し寂しくもあった。
今年のプロ入りは絶望的で、英毅は大学進学を勧めてきたがそんなものには興味は無かった。
まぁ、何とかなるだろ。と楽観視して周りを唖然とさせる。
面会人の居なくなった静かな病室で、ふと考えるのは寿也のこと。
今頃は次の試合のミーティングでもやっているのだろうか。
自分の足を眺め、またしばらく彼に会えないのかと苦笑する。
しばらくは、テレビ中継で彼らの活躍を見守るしかない。
そんな事を考えていたら病室のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきた。
どうせ、桃子が着替えでも持ってやってきたのだろう。
モドル/ススム