大河が部屋に戻ると、吾郎はぐっすりと眠っていた。
クーラーのよく利いた部屋は炎天下の応援席にいて火照った身体に心地よく、スーッと汗が引いてゆくのがわかる。
しかし睡眠中の彼には幾分か肌寒いだろうと、大河はそっと毛布をかけてやる。
「全く、こんな無防備な状態で寝ちゃって」
ベッドの側により、彼の寝顔を見ながら大河はため息交じりで呟いた。
鎖骨の辺りに、充血した痕を発見しムッと眉をしかめた。
「ムカツク。人の気もしらないで」
髪の毛にツンツンと触れてみると、眉をしかめイヤイヤをする。
そのままじっと観察していると、何か食べ物の夢でも見ているのか口をもごもご動かしている。
「あーぁ、よだれ垂らしちゃって。佐藤先輩もなんでこんなのがいいんだか」
悪趣味だよなぁ。
自嘲気味に呟いて思わず溜息が洩れた。
自分の方がよっぽどまともに見える。
吾郎の寝顔をジッと見つめ癖のある髪を弄ぶ。
ピンポーン
その時、部屋のチャイムが鳴り一気に現実に引き戻された。
ドアを開けると、制服姿の寿也が立っていた。
その姿に大河は思わず息を呑む。
「吾郎君、いるかな?」
「今寝てますけど起しましょうか?」
大河の問いに、寿也はしばらく考え込んでから、首を横にふった。
「いいよ。疲れてるだろうから……起きたら部屋に電話寄越すように言ってくれるかい?」
”疲れてる”と言う言葉に深い意味が込められているような気がして余計に気が滅入る。
「俺が……先輩に伝言を伝えないかもって事は考えないんですか?」
自分ばかりが損をしているような気がして、少し意地悪っぽく尋ねてみた。
「清水はもうそんな事しないって、わかっているから」
「……っ」
それじゃぁ、頼んだよ。と軽く手を振って寿也は去っていった。
ハッキリと言われた言葉が胸に突き刺さる。
「そんな事言うなんて、ずるいっすよ。……佐藤先輩」
自分はまだ、気持ちの整理がついていないのに昨日の今日でそんな事を言われてしまえばどうする事も出来ない。
結局、彼の頭には吾郎の事しかないと言う事がわかって大河は強く拳を握り締めた。
行き場を無くした胸の苦しさをどうにかしたくてテーブルに拳を振りおろす。
ゴツンと言う鈍い音。 拳から伝わる固い感触と痺れるような痛み。
何もかもが辛くて胸が締め付けられる。
その時、物音に気がついたのか背後で吾郎が身じろぎする気配を感じた。
「ふぁあ、よく寝た。 あれ? お前、何やってんだ?」
何も知らない吾郎の呑気な欠伸が、神経を逆なでする。
「……なんでもないです。 それより、佐藤先輩が部屋に電話入れてくれって……」
「寿也が? サンキュ大河」
「……」
ガバッと起き上がりいそいそと部屋の内線を使い始める吾郎。
その場に居るのが辛くなって、大河はそっと部屋を出ていった。
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