朝食を済ませ、着替えるとすぐに吾郎達はバスに乗って甲子園球場へと向かった。
球場の中は蒸し暑く、野外スタンドのため日差しが強烈に降り注ぐ。
既に会場は人が沢山居て、自分たちの座席を探すのにも一苦労だ。
ライト前の一番前の席に陣取るとその右隣に田代が座り、左には大河、後ろには彩音、中村、藤井の順で座っていた。
「それにしても、暑ちーな」
「ホントホント」
うんざりしたような声が聞こえてくる。
蝉のけたたましい音と、濃い人口密度のお陰でさらに蒸し暑く感じ、額には何もしていなくても汗が流れ落ちる。
首に巻いたタオルで汗を拭っていると、田代が吾郎のリストバンドに気がついた。
「あれ、茂野そんなやつ持ってたっけ?」
「まぁな。大事なもんだから、今までは汚すといけねぇからずっと仕舞ってたんだけど」
今日は特別な日だから。
そう言って一塁側ベンチに視線を送る。
遠くてよく見えないが、あの中に寿也が入ると思うとなぜか緊張した。
選手たちがマウンドに姿を現すと、ひときわ大きな歓声が上がる。
それぞれ与えられた準備期間を終わらせ、ついにプレイボールとなった。
いざ試合が始まると、やっぱり自分もこのマウンドに立ってみたかったなぁとほんの少しだけ感慨深くなる。
それと同時に、自分の好きな奴が今目の前でこのマウンドの上にいると思うと自分のことのように嬉しいようなくすぐったいようなそんな気持ちがした。
試合は序盤から海堂ペースで進み、相変わらず絶好調の眉村の前に相手選手は手も足も出ない。
寿也のミットに吸い込まれてゆくジャイロボールは見ているだけでも鳥肌が立つほどすごかった。
「やっぱ、眉村はすげーな」
田代の呟きを、吾郎は黙って聞いていた。
眉村はジャイロを投げて、しかも抜群のコントロールで変化球も駆使する。
(やっぱすげぇよ。眉村……)
彼とは別れたあの日からなんの連絡も取っていないが、それでも一度は心を通わせた仲。
活躍する姿を間近で見られるのはなんとなく嬉しい。
バッティングでも1番の草野を筆頭にヒットを連発、会場は熱狂の渦に包まれる。
「俺達、こんなすげぇ奴等と戦ったんだよな? 全国レベルでも圧勝ペースじゃねぇか」
藤井が震える声で口を開くと、みんなもコクリと頷く。
あのときの死闘が甦り、信じられない気持ちでいっぱいになる。
ノーアウト満塁で次のバッターは寿也だった。
『4番 佐藤君』
アナウンスの声に吾郎ははじかれたように顔を上げた。
今朝言われたホームラン宣言が頭を霞め胸が高なる。
ドキンドキンと鼓動が激しく胸を打ち、左手のリストバンドをぎゅっと握り締める。
まさか来るはずはない。
という気持ちと、もしかしたらと言う期待が心の中で交錯する。
ヵキィィィィィィィィィン
一際大きな金属音とともに打球はまっすぐ一直線に吾郎の居る方向へと飛んできた。
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