「あれ、吾郎君じゃないか?」
「吾郎?」
試合の合間の息抜きにホテル周辺の散策をしようとロビーに降りてきた寿也は、見覚えのある後姿がソファに腰を降ろしているのを発見した。
「ほら、吾郎君だよ。僕が彼を間違えるはずがない」
一緒に下に降りてきた薬師寺の袖を掴み指を指す。
「おいおい、いくらなんでもアイツがこんなトコにいるわけねぇだろ。あんなフワフワした頭何処にでも居るって」
薬師寺は信じていないらしく、肩を竦めた。
「いや、あれは絶対に吾郎君だ。 ちょっと行って来るよ」
「あ、おいっ!」
寿也は居ても経ってもいれずに、薬師寺の言葉を無視してチェックイン待ちの聖秀一行の中へと走って行った。
「アイツ、相変わらず茂野の事になると徹底してるな」
今にもスキップでもしそうな勢いの彼の後姿を薬師寺はあきれ顔で眺めていた。
「吾郎君!」
「!?」
一行がホテルのチェックインを済ませそれぞれの部屋に戻ろうとした時、聞き覚えのある声がロビーに響いた。
一斉に声のする方を振り向く。
海堂のジャージを着て駆け寄ってくる彼に、まだ心の準備が整っていなかった吾郎は反射的に身体を強張らせた。
「どうしてこんなところにいるのさ。僕、聞いてったけ?」
吾郎は少し恥ずかしそうに首を振る。
「僕たち、先輩の退院祝いを兼ねて甲子園応援にきたんです」
寿也問いに答えたのは、大河だった。視界から吾郎を遮るような形で、間に割って入って来る。
「佐藤先輩、久しぶりっす。次の試合がんばってくださいね。ほら、茂野先輩早く行かないと置いていかれちゃいますよ」
吾郎達が会話をする暇も与えず、大河は吾郎の鞄を引っ張り連れて行こうとする。
「わっ、ちょっ、危ないだろ!?」
よろけそうな身体をなんとか松葉杖で支え、慌てて大河について行く。
「悪い寿! そう言う事だからまた後でな」
申し訳なさそうな顔をして、後ろ髪を惹かれながら吾郎はエレベーターに消えていった。
「おーい佐藤、早く行くぞ!」
「あ、うん。ごめん、今行くよ」
一人取り残された寿也は、あっという間の再会に名残惜しさを感じながら薬師寺の元へと戻って行った。
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