鬼畜眼鏡

LoveSick



その日御堂は仕事を早く切り上げて、ショッピングセンターへと足を運んでいた。

バレンタインが近いという事もあり、チョコレート売り場には多くの女性が長蛇の列を作っている。

それを遠巻きに眺め、御堂ははぁっと憂鬱そうに息を吐いた。

(全く、何で私がチョコレートなんか……)

バレンタインにチョコレートを貰う事はあっても、自分から渡す日が来るなんて考えた事も無かった。

元々そんな浮き足立った行事に興味は無かったから気にも留めていなかったのだが、今朝いきなり克哉からバレンタインの話題を持ち出され、仕方なくショッピングセンターに来てみたのだ。

(まさかアイツがバレンタインを楽しみにしているなんてな)

自分と同じで克哉はバレンタインなどに興味がないと思い込んでいたから、凄く意外だった。

「楽しみにしている」とまで言われてしまっては用意しないわけにもいかない。

(しかし……銘柄を指定してくる辺りが、なんとも佐伯らしい)

モロゾフの限定チョコレートが食べたいと言った彼の事を思い出し、顔が綻ぶのを止められない。

ショウケースの中を覗きこみ、アイツも可愛いところがあるじゃないか。と、口元が緩む。

ふと視線を感じ、顔を上げると周りにいた女性客が不思議そうな顔をしてこちらをジッと見ていて、御堂はコホンと咳払いを一つ。

自然と赤くなってしまった頬を隠すように、ついそそくさとその場から逃げ出してしまった。

女性客に混じって列に並ぶなんて事、とてもじゃないが出来そうにない。

いつまで経っても女性たちの列が減る事は無く、ずっとチョコレート売り場をウロウロするわけにもいかず、御堂はほとほと困り果てていた。

目当てのものは手に入れられないまま刻一刻と時間だけが過ぎてゆく。

「参ったな……」

ポツリと呟いて何気なく彷徨わせた視線の先に、市販のミルクチョコレートが積み上げられているのが見えた。

いっそこれで我慢してもらおうかとも思ったが、流石にそのまま渡すのは芸が無い。

手にしたチョコレートをジッと見つめていると、やがて自嘲気味な笑いが込み上げて来た。

こんな所で頭を抱える自分が滑稽に思えて仕方がない。

仕事帰りのスーツを着た男がバレンタインの日にチョコを握り締めて難しい顔をしている。

周りから見たら寂しい男だと映るかもしれない。

「……帰るか」

はぁ、と小さく溜息をつき、くるりと踵を返す。

ここまで来て手ぶらで帰るのも気が引けて、適当に買い物を済ませるとその店を後にした。


/ススム



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