「まったく、一時はどうなるかと思いました」
短く息を吐くと片桐は申し訳なさそうに頭を垂れる。
「僕は、また君に迷惑を掛けてしまった……」
「別にあのくらいの事迷惑だなんて思いませんよ。むしろこれでよかったじゃないですか」
「――え?」
克哉の言っている意味がわからないのか、片桐は困惑顔を向けてくる。
「これで、片桐さんが指輪を外して仕事する意味は無くなりました。 今日の事があったからもう職場で気を使って指輪を外す必要は無くなったって事ですよ」
マンションへ続く薄暗い道を肩を並べて歩きながら、大きく空を振り仰ぐ。
「そう、だね……」
片桐もまた同じように空を見上げ、指輪が嵌っている左手を愛しむように撫で擦る。
何処と無く嬉しそうな表情に立ち止まり、克哉は満足そうに身体を引き寄せた。
「さ、佐伯君! ココは外だから……」
「大丈夫。誰も通ってませんよ」
わざと耳元で甘く囁くと、サッと頬に朱が走る。
相変わらず判りやすい反応をするものだと喉の奥で笑いながら、左手に自分の手を添えた。
「俺……さっきから腹が減って死にそうなんです」
スーツの隙間に手を差し込みカッターシャツの上から薄い胸板をそろりと撫でる。
指の腹で僅かに勃起し始めた胸の飾りを押し潰すように摘むと片桐の身体が大げさなほど跳ね上がった。
「っふ……ぁ……此処じゃ駄目ですっ」
上擦った声を上げ腕の中で僅かに身を捩る。
「おや、何が駄目なんですか? 俺は飯の話をしてるんですが……」
飯、作ってくれるんでしょう?
そう尋ねると、片桐は一瞬キョトンとした顔で克哉を見る。
そして、ようやく意味を理解したのか首まで真っ赤に染めて口をパクパクさせた。
そんな彼の様子が可笑しくて、思わず声を上げて笑いそうになり肩を震わせる。
本当に片桐と居ると退屈しない。
二十歳近い年齢差などどうでも良くなってしまうほど彼とのやり取りは楽しくて仕方が無い。
「帰りましょうか、俺たちの家へ」
未だ頬を染め恥らっている彼の手を繋ぎ、半ば強引に歩き出した。
この後、彼をどう調理しようかと思い描きながら。
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