「そうですよ。だって明日はあなたの誕生日でしょう?」
「誕……生日?」
思ってもみなかった言葉が飛び出して、私は思わず壁にかかっているカレンダーに目をやった。
よくよく見てみれば確かに明日は私の誕生日だ。
「すっかり忘れてた、って顔してますよ」
「当然だ。忙しすぎて自分の誕生日なんかいちいち覚えているわけがないだろう。……と、言う事はあの箱は私に……」
ついうっかり口が滑ってしまった。
しまった、と思ったが既に遅い。
佐伯は一瞬心底驚いたと言うような顔をして短く息を吐いた。
「どうやら、見られてしまったみたいですね……御堂さんが機嫌悪い原因はもしかしてこれですか」
スっと鞄から現れた箱。
勘違いをしていた恥ずかしさも手伝って思わずソレから視線を逸らした。
「まさか君が誕生日にプレゼントまで用意しているとは思わなかったから……だから私はてっきり」
「てっきり……なんです?」
するっと後ろから抱き締められて腰に腕がまわる。
耳元でそう尋ねられ言葉が詰まった。
「てっきり……誰か女性にやるものだと」
そう言うと、背後にわざとらしい盛大な溜息が響く。
「御堂さん俺の事疑ってたんですか」
「ちがっ」
低く冷たい声が響く。
「違わないでしょう? 俺が女に貢物だなんて……くだらない」
吐き捨てるような物言いが以前の佐伯を彷彿とさせ、背筋が凍る思いがした。
「まぁ、今回は俺がプレゼントを置き忘れたのが原因ですから仕方ないとして、もう二度とくだらない勘違いしないで下さい」
「わかってる。君を疑うつもりはなかったんだ。本当にすまなかった……ところで、その箱には何が入っているんだ?」
俺がそう尋ねると、佐伯は眼鏡を押し上げ「気になりますか?」と逆に尋ねてきた。
あの形状からして時計か、ネクタイか……名刺ケースと言う事も考えられる。
気にならないと言ったらそれは嘘だ。
「見せてくれるのか?」
「まさか。これは明日のお楽しみです」
「だろな。君ならそう言うと思っていた」
喉で小さく笑い視線が絡む。
密着している部分から佐伯の温もりが伝わってきて少しずつ鼓動が早くなる。
「御堂さん」
「ぁ……」
キスされる。
熱っぽく名を呼ばれ吸い込まれるようにゆっくりと目を閉じ――
「忘れ物しましたぁ!!」
「!!!」
いきなりドアが勢い良く開きムードをぶち壊す呑気な声が響く。
咄嗟に私は佐伯を突き飛ばしてしまった。
「あれ? 御堂さん何やってるんですか? 顔、赤いですよ」
「べ、別になんでもないんだ」
「?」
不思議そうにじっと私の顔を覗き込む藤田。
「……藤田お前……」
「あ! 佐伯さん。今日は直帰じゃなかったんですか?」
低くドスの利いた声で睨み付ける佐伯にも動じないあたり、流石だと思う。
「お前、殺ス」
「えぇっ、なんで怒ってるんっすか。御堂さん、佐伯さんなんか怖いんですけど」
怒りを露にする佐伯に戸惑う藤田。
「お前のせいだ。諦めろ」
「えええっ」
悪気が無いだけたちが悪い。
青筋を浮かべて冷たい眼鏡のフレームを押し上げる佐伯を眺めながら、私はひっそりと溜息を吐いた。
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