「片桐君、君の恋人はまだ来ないのかい?」
顔中油まみれの権藤が、痺れを切らしたのかおしぼりで汗を拭きながら声を掛けて来た。
「――あ、あの……」
「それについては俺が説明します」
それに対し片桐が焦って口を開こうとする前に彼を押しのけ一歩前に進み出る。
一身に周囲の視線を感じ、水を打ったように周囲が静まり返る。
「あの、佐伯君?」
片桐までもが何を言い出すのかと不安そうに見つめてくる。
「大丈夫。俺に任せてください」
片桐にしか聞こえない声で囁くと、再び視線を周囲に向けた。
「実は、片桐課長に彼女を紹介したのは俺なんです」
克哉の一言で静かだった室内にざわめきが起こる。
一旦それがおちつくのを待ってから彼は言葉を続けた。
「前々から俺の知り合いでいい人を探している女性がいて、課長もお一人で寂しそうだったので紹介させて頂きました。今日は、どうしても外せない用事があると言付けを頼まれたので……」
よくもまぁこんな見え透いた嘘がスルスルと自分のから出るもんだと感心しながら言葉を続ける。
酔っ払い達を納得させるのに下手な裏工作など必要ない。
次々と飛んでくる質問には全て適当に自分が答え片桐には口を挟む暇すら与えない。
下手に彼が口を挟めば折角作り上げた”片桐課長の恋人女性像”が崩れてしまう可能性だってある。
酔いも手伝ってか、仲間達は熱心に克哉の偶像話に聞き入って、すっかり信じ込んでしまったようだった。
周りの反応に確かな手応えを感じながら、一通り話し終わると一旦片桐の方に向き直る。
片桐も克哉のトークに聞き入っていたようで、目が合いハッと顔を上げた。
「……もう、大丈夫ですから」
そっとアイコンタクトを交わすとあからさまに肩の力が抜ける。
「これでもう充分でしょう? 行きましょうか」
「い、行くって……?」
「もう此処に居る必要はないと思いますが? それとも話を蒸し返されてボロをだしたいんですか?」
耳元で囁くと片桐はブルブルと首を振る。
その様子を満足そうに見つめ、さりげなく腰に腕を絡めた。
これ以上はここに居る意味は見出せず適当な理由を付けて片桐を店の外に連れ出す。
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