(ここに来るのも久しぶりだな)
久しぶりに厚木寮のグラウンドの土を踏んだ吾郎は慣れ親しんだ景色をぐるりと見回した。
少し色あせた寮の外壁や、日に焼けたベンチ。
周囲にある木々までもが以前と変わらない。
約一年前まで住んでいたあの部屋に寿也はもう居ない。
そればかりか、眉村や、薬師寺、児玉達の姿も無い。
わかっていいた事だが、懐かしいような寂しいようななんとなく複雑な気分になる。
(今頃は一軍の専用グラウンドで汗流してるんだろうな寿也)
この試合終わったら、ちょっと覗きに行ってやろうか。
唐突にそう思った。
寿也との思い出が沢山詰まった厚木に訪れて、彼の姿を見ずして帰れるはずが無い。
(そーだよな。距離を置こうって言われたけど、別れようとは言われてねーもん。アイツだってホントは俺に会いたいはずだ)
1軍グラウンドに行くという事は当然眉村と鉢合わせする可能性だってある。
少し気まずくなるような気もしたが、そんな事たいした事ないと思えるくらい無性に寿也に会いたかった。
話さなくてもいい。
気付いてくれなくてもいい。
ひと目でいいから寿也に会いたい。
最後に顔を見たのは雪がちらついていたまだ寒い季節だった。
あれからもう数ヶ月経つというのに、一度も彼の声を聞いていない。
(寿……)
今は遠い彼の存在に、胸が締め付けられる。
「どうした、茂野ビビったのか?」
眉間にしわを寄せグラウンドを眺めたまま立ち止まってしまった吾郎を藤井が不思議そうに覗き込んだ。
「え? ハハっ、何言ってんだよ。そんなわけねぇじゃん!」
「なら、いいんだけどよ。相手が海堂だからってビビるんじゃねぇぞ」
「その台詞そっくりそのまま藤井に返してやるよ」
ポンポンと背中を叩かれ小さくゆっくりと息を吐いた。
今は、目の前の敵に集中しなくては。
この試合が終わったら――。
久々にあいつ等を見に行こう。
相手側ベンチに顔を出した2軍選手の面々に視線を移しすぅっと息を吸い込む。
「よっしゃ、気合入れてくぞ!」
「おーっ!!」
まさかこの試合が今後の公式戦に大きな影を落とす事になるとも知らずに、吾郎はその第一歩を踏み出した。
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