九月になり、いよいよ新しい生活が始まった。
慣れないバス通学に女子ばかりの学校。
今まで男子ばかりに囲まれて生活してきた吾郎にとって、全く正反対の世界が広がっていた。
不毛な道から足を洗い健全な高校生活を送るにはもってこいの環境だ。
しかし、同じクラスの自称野球部マネージャー中村美保に本人自慢の巨乳をくっつけられても、多少の動揺はあったものの、何も感じない。
それどころかどんなに女の子に囲まれても、あまり興味はなかった。
吾郎の頭の中は、数少ない男子生徒にどうやって野球をやらせるか、そのことで一杯だ。
野球に興味が全くない彼らをなんとか野球部員にするため、監督をつけ、入部をかけた無謀な練習試合を組んだ。
しかし、人数が一人足りない上に肝心なキャッチャーがいない。
色々悩んだ挙句、リトル時代に自分のキャッチャーを引き受けてくれた清水薫に頼むことにした。
本気で投げたら取れないことがわかっているので、手加減をしての投球練習。
「よし、そろそろ本格的にやるからプロテクター着けろよ清水」
「いいか、手加減しろよ、本田」
プロテクターとレガースをつけ、キャッチャーミットを構える彼女。
その姿が寿也に見えて吾郎は一瞬、我が目を疑った。
その場に彼が構えていてくれるような錯覚を起こし、吾郎は思わず彼女に向かってつい全力投球してしまう。
「きゃぁっ」
あまりの剛速球に手も足も出ず、尻もちをついた彼女にハッと我に返る。
こんなところに、寿也が居るはずない。わかっていたのに。
「大丈夫か清水。悪ぃつい力が入っちまって」
「あたし、帰る」
ミットを外し、スクッと立ち上がる彼女を吾郎は慌てて引き止めた。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ清水。もうぜってぇ本気で投げたりしないから、な?」
腕を掴み必死に頼み込む吾郎を見て、清水はため息をついた。
「わかった。でも今度またあんな球投げたら、あたし捕れないからな」
「わあってるよ」
その答えを聞き、薫は短い息を吐いて再びミット手にはめてミットを構えた。
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