海堂高校を退学して一ヶ月がすぎ、吾郎の生活も次第に落ち着いてきていた。
進学先も聖秀学院へ決まり、自主トレの合間に学費を稼ぐためコンビニでバイトも始めた。
世間はもう、夏休み。
一日中トレーニングやバイトで忙しくあっという間に月日は流れてゆく。
それでも、夜になると吾郎は寿也の事を思い出さずにはいられなかった。
「今日もかかってこねーのか……」
吾郎は鳴らない携帯電話を握り締め、ため息をついた。
本当ならもう寿也達も夏休みに入っていているはずなのに、連絡一つ無い。
「もう、俺のこと忘れちまったのかなぁ」
ベッドに入り眠ろうと思っても中々寝付けない。
気がつけばいつも寿也のことを考えていた。
逢いたい。
声が聞きたい。
この間、寿也の実家へ電話したら帰っているのは間違いなかった。
電話を入れたら、「バイトが忙しくって会えない」と断られてしまったのだ。
吾郎は堪らず飛び起きて、こっそり家を抜け出すと、暗い夜道を寿也の家に向かって自転車を走らせた。
寿也の家に着き、彼の部屋を下から覗いてみると、カーテン越しに室内に人影が見える。
近くにあった小石を掴み、その窓めがけて軽く投げる。
コン……。
反応が無い。
二度、三度同じ事を繰り返し、やっと気がついたのか、寿也が顔を覗かせた。
「吾郎君!?」
窓の外に立っている人物を見て、驚きの表情をしている。
急いで駆け下り、玄関から寿也が飛び出してきた。
「よう、寿也」
「なんで、来たの?」
寿也は未だに驚きを隠せない様子だ。
「あ、いやぁ……特に用はねぇけど。急に顔が見たくなって」
恥ずかしさを紛らわすように、頭をぽりぽりと掻く。
久しぶりに逢う愛しい人は風呂から上がってすぐだったのか、シャンプーのいい香りがした。
「来ちゃまずかったよな。迷惑なら帰るよ」
止めた自転車に手をかけ帰ろうとする吾郎の腕を握り、彼は静かに首を振る。
「迷惑なわけ、ないだろ?」
そう言って、少し恥ずかしそうに笑う。
二人は連れ立って近くの公園へ行き、ベンチに腰を下ろした。
ムシムシとした空気が、二人の肌に纏わりついてくる。
「ホント久しぶりだね」
「そうだな」
会ったら話したい事は山ほどあったのに、実際に本人を目の前にしたら何も言えなくなってしまい、プッツリと会話が途切れる。
ただ隣に座っているだけなのに、寿也に聞こえてしまうんじゃないかと思うほど胸がドキドキしていた。
「なんで、電話もかけてこないんだよ」
「……」
寿也はしばらく黙っていた。
その代わりに、そっと吾郎を優しく抱きしめる。
「と、寿……」
「君の声を聞いたら、こういう事したくて歯止めが効かなくなりそうだったから」
顎を持ち上げ、そっと唇を塞ぐ。
久しぶりにその感触を味わうかのように、何度も吸い、角度を変えては舐めて深く口付けた。
「う……ん」
吾郎の口からくぐもった声が洩れる。
その声すらも掬い取るように優しく。
その時、車が通る音がして、二人はパッと身を離した。
通り過ぎるのを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
「ゴメン。今度はちゃんと電話するから、またね」
そう言って、慌てて寿也は家へと戻ってしまった。
寮と現実の違いがひしひしと伝わってきて、吾郎はその場からしばらく動けなかった。
モドル/ススム
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