「たくっ、言われなくてもがんばるっつーの!」
去っていった方向を睨みつけながら、吾郎はそっと、さっき唇が触れた部分に手をやった。
意識的な行為ではなかったが、改めて思い出してみるととてつもない羞恥心がこみ上げてくる。
よくよく考えてみれば此処は往来の真ん中。
がっしりした体格のいい男が二人抱き合っていたら嫌でも目立ってしまう。
(アイツ、恥ずかしげもなく、よくあんな事が出来たな……)
チラチラと突き刺さる視線を感じる。
目が合うと大抵の人間は腫れ物を扱うようにサッと視線を逸らす。
(んだよ、そんなに男同士が珍しいのか?)
他人の目が気になるわけでは無いが好奇の目で見られるのはやはり気分が滅入る。
「せーんぱい! 何やってんっすか、こんなところで」
「!?」
突然背中を押されムッとして振り返る。
「……なんか超不機嫌みたいっすね。そんな睨まないで下さいよ」
「なんだ、大河か」
わざとらしく肩を竦める彼に、何か用かと尋ねると小さく「別に」と言う返事が返ってくる。
「さっきの、海堂の眉村さんでしょ?」
「!?」
「先輩にソッチの趣味があったなんて驚いたな〜」
ニヤリと笑われ、吾郎は思わず絶句した。
先ほどの抱擁を見られていたとなると上手い言い訳も思いつかない。
なんと言っていいのかと迷っていると大河が意味ありげに微笑んだ。
「安心してくださいよ。俺、誰にも言いませんから。つか……先輩も同じ穴のムジナだったんだってわかって少しホッとしました」
「同じ穴の……なんだって?」
「俺も先輩と同じって事ですよ」
「同じ? お前、眉村に気があったのか!」
少し考えてポンと手を打った吾郎に、大河はガクッと肩を落とす。
「アイツは止めといた方がいいぜ! 無口だし、何考えてんのかわかんねぇし……」
「眉村さんじゃありませんよ。つか、実物見たのさっきが初めてなんだから好きになるわけないっしょ」
「じゃぁ一体……」
呆れたように肩を竦め、大河は唇に人差し指を一本押し当てた。
「誰かは、秘密です。まぁ多分わかんないと思いますが、先輩の知ってる人って事だけ教えといてやりますよ」
「秘密だぁ!? 其処まで言ったんなら教えろよ。気になるじゃねぇか」
「嫌ですよ。誰にも言うつもりないです」
ツンとそっぽを向いてしまった大河を追求しようと口を開きかけた吾郎だったが、それを遮るように大河は自転車に跨りペダルに足をかけた。
「あぁ、そうだ。逢引も悪くないけど次からは人目につかない所でした方がいいっすよ。仮にも相手は今年の注目選手なんだから」
「なっ、逢引って。俺は偶然会っただけでそんなつもりはっつか、俺はもうアイツとはそう言う関係じゃねぇっての!」
あたふたする吾郎を尻目に大河は軽く手を振り自転車で何処かへ行ってしまった。
「俺はもう、アイツとは関係ねぇんだっつーの……」
おかしな誤解をしたまま行ってしまった大河の去って行った方向を見つめ、吾郎は自分に言い聞かせるようにポツリと呟いていた。
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