「で、先輩はこんなトコに来るくらいだから誰かの見舞いなんでしょ? もしかして、茂野先輩とか?」
「!? 吾郎君を、知っているのかい?」
吾郎の名を出したとたん、愛想笑いを浮かべていた表情が一変し、大河は思わず嘗めていた飴を喉に詰まらせそうになった。
「えぇまぁ。一応、うちの主将ですから」
「主将……そうか、じゃぁ君は聖秀の野球部なんだ」
「ま、今のトコは、ですけど」
肩を竦めて、短く息を吐く大河を見て、寿也は再び苦笑いを浮かべる。
(ずいぶん生意気そうな子だな。吾郎君と色々衝突が多そうだ)
一瞬二人が口論している姿を想像し、思わずふき出しそうになる。
「どうかしました?」
「あ、いや。なんでもないんだ」
「ふぅん。ま、いいや。先輩は今から帰るんでしょ? 夏の地区大会頑張ってくださいね」
あくまで他人事のように話す大河に、聖秀だって地区大会に出るんだろう? と、言いかけてやめた。
吾郎が居ない聖秀が地区大会など出れるはずはない。
だいぶ前に聞いた吾郎の話だとメンバーは一人を除き全員素人だという事だった。
きっと、大河も吾郎なしでは地区大会出場なんて夢のまた夢。
そう思っているんだと、直感的に思った。。
もしかしたら、聖秀メンバー全員が同じような気持ちなのかもしれない。
「あぁ、頑張るよ」
もう一度軽く挨拶をして大河は吾郎の病室のある方向へと歩いてゆく。
「あ! ちょっと待って清水!」
「なんですか?」
「悪いけど、僕と此処であった事吾郎君には秘密にしておいてくれないか」
「はぁ!? 秘密って、さっき見舞いしてきたんじゃ……」
大河の質問には答えず愛想笑いで返した。
「頼んだよ」
畳み掛けるようにそう言うと、急いでエレベーターに乗り込む。
(これで、いいんだ……)
ゆっくりと閉まる扉を確認し壁に凭れて大きな溜息を吐く。
吾郎に自分が来たことは知らせる必要はない。
吾郎が入院している事もわかったし、聖秀が今どんな状態なのかもなんとなく理解できた。
(吾郎君、海堂に残っていたらこんな事にはならなかった筈なのに)
ふとそんな考えが頭を過ぎる。
自転車に跨り一度吾郎の病室がある辺りを見つめて、寿也は寮へと戻って行った。
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