「ちょっ、何のつもりだよこんなところに連れ込んで」
「お前が騒ぐと余計に目立つから仕方なくだ」
「騒ぐって、俺は別に……っ!」
文句をいい続けていた唇はグッと腰を引き寄せられ至近距離で見つめられた事によってピタッと止まってしまった。
「お前は俺と一緒に歩くのがそんなに嫌なのか?」
ジッと顔を覗き込まれ思わず視線を逸らす。
「嫌いじゃ、ねぇ」
「だったら、なぜそうも人目を気にするんだ。佐藤とは人前で手を繋いだりしてるんだろう?」
寿也の名前が飛び出し、吾郎は反射的に顔を上げた。
眉村の瞳には焦りとも不安とも取れる色が滲み切なげに眉が寄る。
「アイツはよくて、なぜ俺は駄目なんだ?」
「……っ」
その辛そうな表情に胸の奥がズキズキと痛む。
「悪い、別にお前と手を繋いだりするのが嫌ってわけじゃねぇんだ。ただ、人が沢山居るところでそうする事に抵抗があるだけでさ……だから、そんな顔するなよ」
そっと頬に触れ顔を覗き込むと眉村の肩がピクリと震える。
「俺が、お前らを苦しめてるんだよな」
「…………」
申し訳なさそうに呟くと眉村がハッとしたように顔をあげ視線が絡んだ。
「茂野の所為じゃない。俺が欲張りすぎてるんだ。……佐藤と付き合っているお前が俺の方を振り向いてくれただけで満足しなければいけなかったのに、お前と居るとどうしても欲が出てしまう……」
「眉……村?」
痛いほど強く抱きしめ、切なげな表情で見つめられて途端に胸がざわめく。
眉村は腕の中に居る愛しい人にどうやって今の気持ちを伝えようかと、必死に言葉を探した。
「佐藤からお前との自慢話を聞かされる度に反吐が出そうなほど嫉妬心に駆り立てられて居ても立っても居られなくなる。いっそ茂野を閉じ込めて俺だけの物にしたいと何度思った事か」
珍しく饒舌に語る彼の言葉を、吾郎は真剣な面持ちで聞いていた。
眉村が冗談など言うわけが無い事くらいよく知っている。
あまりに真剣すぎて茶々を入れる気も起こらないほどだ。
「俺はお前が好きだ。例え誰の物でもその気持ちは変わらない。だが、このままじゃいけない。 このままではきっと俺と佐藤は公式戦にまで支障を来たすようになってしまう……だから茂野……」
此処まで一気に言い終わると、眉村は一旦緩く息を吐き、そして改めて吾郎の目を覗き込み静かに切り出した。
「俺と、いや……俺たちと、別れてくれないか」
「!?」
あまりに突拍子も無い申し出に思考が付いていかず、暫く固まってしまう。
それも全て予想の範囲内だったのか眉村はわざとらしく咳払いを一つして、ゆっくりと腰に回していた腕を離した。
やっと言われている意味を理解した吾郎の瞳には信じられない。と言った思いがありありと映し出され唇が小刻みに震えだす。
「ハハッ、冗談キツいっての……たかが人前でいちゃつくの嫌がっただけで、なんでそんな話になるんだよ」
「俺がこんな事冗談で言うと思うのか?」
「思えねぇ……思えねぇけど……」
信じたくなかった。
出来れば、冗談だ。言い過ぎた。と言って欲しかった。
しかし、彼の表情を見れば眉村の発した言葉が冗談でないことくらいわかる。
「この数日ずっと考えていた事だったんだ……どのみち大会が始まれば俺たちは敵同士。無用な馴れ合いはお互いの為にも良くない。しかも、俺と佐藤はバッテリーだ。個人的な感情に左右されて試合を台無しにするわけにはいかないんだ」
わかるだろう?
そう尋ねられ、小さく頷く。
眉村の言っている事は理解出来る。
しかし、いきなり別れてくれとはあまりにも突飛過ぎだ。
もっと別の方法があるだろう。とかそれは寿也の意見も含まれているのか?とか、聞きたい事、言わなければいけない事が次々と頭の中に浮かんでくる。
しかし思考が空回り上手く言葉に出来ずに時間ばかりが過ぎていく。
「とにかく、今日はそれを言おうと思っていたんだ。 新年明けたばかりでこんな話をするのはどうかと思ったんだが……正月休みが終わると言うチャンスが無くなってしまうからな」
「……そっか……直ぐに練習始まるんだよな……」
「あぁ」
正月三が日が明けると春の選抜に向けての練習が始まると寿也が言って居たのを思い出す。
もう会える時間が限られていると言う事も、公式戦が始まれば敵同士になる事も理解していたつもりだった。
突然降って沸いた別れ話が胸に突き刺さり、胸が張り裂けそうに苦しくなる。
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