待ち合わせ場所に着くと、彼はまだ来ていなかった。
仕方が無いので近くのコンビニでお菓子とジュースを買い、到着を待つ。
しばらくして、眉村がやってきた。いつも見慣れている海堂のジャージ姿とは違って、大人っぽい服を着ている。
ハッとするほどカッコよく見え、思わず魅入ってしまった。
「待ったか?」
「ああ、少しだから気にすんな」
それを聞いて安心したのか、安堵の表情を浮かべる。
「で、俺をどこに連れてくんだ?」
「まぁ、焦るな。着いてからのお楽しみだ」
そう言って、自転車に跨る。
吾郎はその後姿についてゆく。
三十分くらい走っただろうか自転車は山の坂道を登っていて、いくら鍛えていると言っても結構堪えた。
「おい、どこまで行くんだよ」
はぁはぁ息を切らせている吾郎に対し、眉村は幾分余裕の表情を見せる。
車も人も通らない坂道をこぎ続けぽっかり空いた広場に辿り着く。
「着いたぞ」
そこには小さな展望台らしきものがあり、夜景がとても美しく輝いていた。
「……」
その光景に目を見張り、思わず声を失う。
空を見上げると、都会のものとは思えないほどの満点の星空が広がっていて手を伸ばせば届きそうなほど近くに見えた。
「すっげぇ」
そのあまりの迫力に星や夜景なんか興味が無かった吾郎でさえも感嘆のため息を洩らす。
今まで、自転車を漕いできたのが嘘のように疲れも吹き飛んでしまうような景色だった。
十月の夜風が少し肌寒く感じたが空気がとても澄んでいて気持ちがいい。
眉村は夜景に見とれている吾郎を後ろから優しく抱き寄せた。
小さな展望台のベンチに座り、彼にもたれかかりながら二人は黙って満天の星空を眺めていた。
少し前からお互いに会話は無く、静かに時は流れてゆく。
ふいに、眉村の頬が吾郎の左肩に触れ耳の横に彼の息がかかる。
顎を引き寄せられて、互いの呼吸がかかるほど近くに鼻と鼻をくっつける。
「……あ」
キスされる。
そう思った一瞬に寿也の悲しげな表情が脳裏に浮かんで、吾郎はぎゅっと目をつぶり、顎を引いて体を強張らせた。
「吾郎?」
「あ、悪りぃ」
キスを拒まれた彼は驚いた表情で吾郎を見る。
そんな彼の顔を見ることが出来ずにそっと体を離し下を向く。
「俺、こんな中途半端な気持ちのままでお前とキス出来ねぇよ」
「佐藤の、事か?」
小さく頷くと、眉村は俯いて押し黙ってしまった。
「別に、健のこと嫌いってわけじゃねぇんだ。こうやって抱きしめられるの結構好きだし、キスも全然イヤじゃないし、だけど俺っ」
「もういい。わかったから、何も言わないでくれ」
切なげな表情で目を合わさずに言われ胸がズキンと痛んだ。
彼の腕は小刻みに震え、唇をぎゅっとかみ締めて視線を落とす。
声をかけようと思ったが、いい言葉が見つからない。
重苦しい空気が漂い息をするのも苦しいほどだ。
こういうとき、もっと恋愛経験を積んでいればよかったかなと思う。
恋愛なんて全く興味もなく、自分がこんな風になるなんて一年前の自分は想像もしていなかった。
「帰ろうぜ。あまり遅くなるといけないし」
そう言って立ち上がり、二人は山を降りた。
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