翌日、吾郎はバイト先からご機嫌で帰ってきた。
バイトが終わってすぐに、寿也から連絡が入ってきたからだ。
今日は県内の花火大会が行われる日で、その誘いの電話だった。
「母さん、俺の浴衣ってまだあったよな? あれ、ちょっと出しといてくれよ」
「え? いいけど、どうするの?」
「決まってんだろ? 今日の花火大会に着てくんだよ」
それだけ言うと、足取りも軽くロードワークに出かけていく。
「やだあの子、あんなに浮かれて……デートかしら」
桃子は首をかしげた。
吾郎は鼻唄を歌いながら、いつものコースを走ってゆく。
こんなに気持ちよく走るのは久しぶりで、夕方からの寿也と会えることを考えると、思わず顔が緩んでしまう。
二時間ほど走り続けて、自宅へ戻るとお風呂へ直行。
花火大会なんてあまり興味は無かったが、寿也と一緒にいられればそれで良かった。
風呂から上がるときちんとリクエストどおり浴衣が置いてあった。
中学の時に無理やりこれを着せられて、家族で嫌々花火を見に行ったのを思い出す。
風呂上りに冷蔵庫の前でジュースを一気飲みしていると、弟の真吾がやってきた。
「吾郎兄ちゃん、どこかお出かけするの?」
うきうき気分の彼に幼い弟は興味津々。
花火大会へ行くなどと言えばきっとついてくるだろう。
吾郎は返答に困った。
「吾郎兄ちゃんはね、デートに行くんだって」
だから邪魔しちゃダメよ。と桃子は優しく真吾に言い聞かせる。
「母さん、俺は別にデートに行くんじゃねーよ」
「あら、違うの? あんまり浮かれてるから、女の子とデートするのかと思っちゃった」
「だから、違うっての」
「あらぁ、じゃぁ誰と行くの? 花火大会」
「誰でもいいだろ! 俺もう行くから」
これ以上ここにいてはボロが出そうだったので、逃げるように家を出た。
桃子は何かまだ追及したそうな顔をしていたが、黙って見送った。
「ねぇママ。僕も花火大会いきたーい」
「そうね、じゃぁパパが帰ってきたら行こうか」
「ホント!? やったー」
かくして、茂野家も花火大会に行く事になった。
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