壮行試合を翌日に控えたこの日、寿也は朝からご機嫌ななめだった。
吾郎とは、昨日の晩から口もきいていない。
「なんだよ、寿ぃ、朝から一言も口きかねぇで」
スタスタと先に歩いていく彼を必死に追いかけるがツーンと無視され、少し落ち込む。
原因は1週間前の吾郎が出した提案にあった。
1週間前、吾郎は寿也に『壮行試合まで、禁欲宣言』を出したのだ。
理由はこの試合にベストな状態で出場するため。
吾郎がこの日のために必死に努力してきたのはよく知っていたため、しぶしぶ承知してガマンしていたが、昨夜とうとうガマンできなくなって口説こうと思ったら、珍しく拒否されてしまったのだ。
「まだ昨日のこと怒ってるのかよ?」
「当たり前だろ? 勝手に禁欲なんて決めてさぁ」
グラウンドへの通路を早足で歩きながらブツブツ文句を言う。
「仕方ないだろ? この間も言ったけど、明日の試合にはベストな状態で出たいんだよ」
吾郎も必死に反論するが、寿也は無視して行ってしまった。
もとから、壮行試合の日が来なければいいと思っていた寿也にとって、この禁欲宣言はとても辛いものだった。
(これじゃぁ、蛇の生殺しだよ)
この試合に勝てば出て行ってしまうのに、何で自分が協力しなくてはいけないのか……。
寿也の不満は爆発寸前だ。
一緒にいれる時間は後わずかしかない。
それなのに、スキンシップを拒まれて、内心大きなショックを受けていた。
「なぁ、茂野。佐藤の奴と喧嘩でもしてるのか?」
仲のいい児玉が不思議そうに聞いてきた。
いつも一緒に仲良さげにじゃれあっている2人が試合を明日に控えているのに、キャッチボール一つしないからだ。
「あん? 大したことじゃねぇよ」
バッティングの練習をしながら、些かぶっきらぼうに答える。
「早く仲直りしろよ」
「あぁ」
そういわれ、気の無い返事をした。
あの様子じゃ、多分試合が終わるまで話しかけても返事はなさそうだ。
その予感は的中し、試合の中盤まであまり口をきいてもらえなかった。
一軍との壮行試合も無事2対1で終了し、静香と泰造の前で退部届けを提出。部屋に戻った。
「お帰り。ちゃんと渡せた?」
「ああ、一応問題なく受理してくれるって」
「そう」
ふっと寂しげな表情を見せる寿也を吾郎はぎゅっと抱きしめた。
「ご、吾郎君!?」
「悪いな、寿」
吾郎はおでこを彼の肩に乗せ、自分の表情が彼に判らないようにわざと俯いた。
そんな顔されたら、余計に別れが辛くなる。
寂しい気持ちは、吾郎も同じだ。
「でも俺、寿也のこと嫌いになったわけじゃねぇから」
「わかってるよ、そんなこと」
寿也の目に浮かぶ一筋の涙を指で掬い取り、吾郎は困ったように後ろ頭をかいた。
「泣くなよ……寿也にそんな顔されると俺、どうしていいかわかんなくなるだろ」
「ごめん」
お互いに目が合って、笑いあって。
ついこの間までのギスギスした関係が嘘のようだ。
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