新学期が始まると同時に、野球部も練習を開始。
毎日ハードなスケジュールが続いていた。
吾郎もここのところ調子を上げてきて、六月の壮行試合の先発はほぼ確定だった。
練習後のトレーニングの量も増やし、毎日着々と力をつけていた。
二軍トレーナーの早乙女泰造は、彼のハードなスケジュールを心配し身体のメンテナンスにとても協力的だ。
今日も吾郎は泰造の元を訪れていた。
部屋に入ると、眉村がアイシングを物色しているのが見えた。
早速いつも通り上半身裸になって、うつ伏せになる。
(あー、超いいかもー)
吾郎は思わず感嘆のため息を洩らす。
泰造のマッサージテクは超一品で、彼のいかつい外見からは想像も出来ないような繊細な腕の持ち主だ。
一度受けたら病み付きになると言うそのテクニックに酔いしれる生徒はかなり多い。
もちろん、吾郎も例外ではなかった。
彼の手に身を委ね、すっかりリラックスし恍惚に浸っていると、泰造の手が腰の辺りでとまる。
「あら、腰の筋肉が張ってるわね。そんなに腰を使う運動してるの?」
その言葉に、昨夜の情事を思い出してしまい、一気に神経が泰造の手に集中する。
「……ぁっ」
つい声が洩れ、慌てて口を塞ぐ。
それと同時に泰造の手もピタリと止まる。
すぐ近くで、ボトリっと何かを落とす音がした。
「なに? 今の声……?」
「な、なんでも無い! 何でも」
身体を起こすと眉村が訝しげにこちらを見ていた。
(ゲッ、今の聞かれたか?)
「茂野君……あなた……」
ヤバイっと思っていると泰造の顔がズズイっと迫ってきた。
そのあまりの迫力に思わず後ずさる。
「あなた、欲求不満ね!?」
「ち、違う!!」
慌てて取り繕うが、その横で眉村がプッと吹き出した。
そのまま後ろを向き、肩を震わせ必死に笑いをこらえている。
吾郎は穴があったら入りたい気分だった。
(なにやってんだよ、俺!!)
顔から火が出そうなくらい真っ赤になっている彼を見て、さらに眉村はクッククックと肩を震わせる。
「……あら?」
ふと泰造が何かに気がつき、吾郎の身体をまじまじと見つめる。
「な、何だよ……」
「茂野君って、彼女いるの?」
「はぁ? 何だよ突然……そんなのいるかよ」
驚いて声を上げる彼の首筋に泰造は指をあてがう。
「ここ、キスマークついてるわよ」
「い!?」
そしてそのままツツツーッと指を動かす。
「ほら、ココにも……ここも」
それは紛れも無く昨夜寿也がつけたものだ。
「!!!」
再び眉村が手に持っていたアイシングを床に落とす。
「お、俺戻るわ……サンキュな!!」
そそくさと身支度を整え部屋を出る。
よりもよって泰造と眉村に知られるなんて。
特に眉村とは、あの日以来ギクシャクしてるのに。
「……あの子、ただの野球バカだと思ってたけど、案外手が早いのね……」
去ってゆく後ろ姿を見送ったあと、しばらく考えて泰造の足は妹、静香の部屋へと向かっていた。
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