後ろから眉村に抱きしめられ、吾郎はその場から動けないでいた。
心臓の鼓動が今にも飛び出しそうなくらい速くなっている。
「離せよ、眉村」
「イヤだ」
「……っ」
ふーっと、生暖かい息を吹きかけられゾクッとなる。
「お前、俺をなんだと思ってるんだ? 好きな奴にそんなこと言われて、はいそうですかって手放せるわけないだろ」
「眉村……」
横目でちらっと見るととても切なそうな表情の彼がいる。
ぎゅっと抱きしめられている腕にも自然と力が入る。
「何度も、忘れようとしたんだ」
「え?」
「茂野は、佐藤の恋人だから……俺は諦めなくちゃいけないって。何度も、何度もそう思った」
いつもの眼光鋭い彼の目は、どこか寂しげで伏せ目がちに話す。
「でも、出来なかった。お前の顔を見るたびに思い出すんだ。あの日のことを」
いつもは無口な彼だったが今日はやけに饒舌だった。
吾郎は何も言わずただ黙って聞いていた。
耳にかかるその声がなんだかとても心地よく感じる。
「茂野、別に俺は佐藤が恋人ならそれはそれで構わない。でも……」
「眉村」
「俺の気持ちは、変わらないから」
ついっとあごを持ち上げられ、唇を塞がれる。
その想いが十分すぎるほど、伝わってきて抵抗できないでいた。
吾郎は、ためらいながら抱きしめられたままの腕に自分の腕を絡ませる。
「茂野」
「キス、だけだぞ」
「わかってる」
そっと口を塞がれ、二人の時間がしばし止まる。
「ふっ……ん」
輪郭をなぞるように、暖めるような感じでキスされ息継ぎしようと開いた隙間に舌を割りいれる。
「んっ……ん」
情熱的なその行為に、頭の中が真っ白になりそうだった。
「キス、だけだって言ったじゃねぇか」
「だから、それ以外に手は出してないだろ? なんだ、キスだけで感じたのか?」
意地悪く笑う彼の言葉に、耳まで真っ赤になる。
「ち、違う!! そんなんじゃねぇっ」
うろたえるその様子がなんとも愛らしい。
「お、俺そろそろ寿也のとこに戻んなきゃ」
「そう、だな」
ふっと、急に寂しそうな表情になる。
「そうそう、今夜のこと絶対に言うなよ。この間もひでぇめに遭ったんだからよ」
「そんなに、ヒドイ事されたのか」
「ひどいも何も、手は縛られるし、目隠しはされるし」
とブツブツ文句を言っている。
(手を縛って目隠しって……一体どんなプレイだ!?)
思わず想像してしまい、鼻血がつつーっと垂れて来る。
「おい、眉村! お前、鼻血出てんぞ。」
クックックッと笑い、ポケットに偶然入ってたティッシュを投げる。
「全く、なに想像してんだよ」
「すまん」
「ま、いいや。それ詰めとけよ。俺、もう行くからな」
そういって屋上のドアに手をかける。
「茂野!! その、ありがとう」
「その顔で、ありがとって言われてもなぁ」
鼻にティッシュを詰め込んだマヌケな姿に、失笑し、手をひらひらさせてその場を後にした。
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