食堂のおばちゃんに頼むと、今は他の生徒の食事の支度で手が空いてないから、食べたかったら自分で剥くようにといわれた。
(おいおい、マジかよ。俺包丁持ったことねぇぞ)
しばらく悩んだが、寿也が待っていると思って、食堂の椅子に座り、りんごの皮むきを始める。
そこに、チームメイトたちが通りかかった。
「何やってんだ? 茂野、新しいトレーニングか?」
「うっせーな、ほっとけよ」
ぶっきらぼうに言って、必死になってやってみるものの、なかなかうまくいかない。
身を抉り取ってしまったり、自分の指を切ったり。
「うー、なんだよ、全然切れねぇ」
不器用な彼は細かい作業は苦手で、だんだん面倒くさくなってきた。
もう諦めて、やっぱさっきのお粥あっためなおして食べさせようかと、立ち上がる。
「なんだ、このくらいも出来ないのか」
後ろから声がして、振り向くと眉村が覗き込んでいた。
彼は目の前に繰り広げられている、悲惨な現状に思わず息を呑む。
床には皮が散乱し、りんご自体も元の大きさの半分くらいになってしまっている。
おまけにりんごも吾郎の手も血まみれで、例え剥いてもらっても食べたいとは思えるような状態ではなかった。
「佐藤に食べさせるんだろ?」
仕方が無いな。と呟いて、眉村は新しいりんごを持ってきて、皮を剥き始める。
スルスルスルっと一本の線になって皮が剥かれていくのを見て、吾郎は思わず感嘆の声
を洩らした。
「すっげーな。眉村!! お前こんなことまで出来るのかよ」
感動して、目をキラキラさせている吾郎の前で、あっという間にりんごは綺麗に剥かれていく。
更に眉村は、それをきちんと八等分にしてお皿に乗せてくれる。
「サンキュウな、眉村!」
「おい、茂野」
立ち上がろうとしたその時、、包丁で切った右手をグイッと掴まれる。
「血が出てるぞ。かしてみろ」
「!!」
そういいながら、怪我をした吾郎の指を自分の口に含む。
「ちょ、おい眉村!!」
そのまま、ちゅっちゅっと音を立てて吸われ、吾郎は不覚にもドキドキしてしまった。
「バカ、やめろって。誰かきたら、どうするんだよ」
指先から眉村の温かさが伝わってくる。
「……っ」
自然に体全体がカーッと熱くなる。
こういう雰囲気はどうしても苦手で、つい意識してしまう。
「手、離してくれよ」
「嫌だ。と言ったら、茂野、お前どうするんだ?」
「どうって……。俺は……」
吾郎はすっかり困ってしまった。
寿也のことが好きなのには変わりないのに、なぜか眉村の手を振り解くことが出来ない。
厚木に来たばかりの頃は、あんなにライバル視していたのに、彼の告白を聞いたあの日から変に意識しすぎて拒めない自分がいる。
吾郎は自分の気持ちがわからくなってきていた。
その気持ちを察したのか、眉村が手を離す。
「冗談だ、悪かったな。佐藤のとこに行くんだろ? 片付けは俺がやっといてやるから、行ってやれ」
「お、おう。悪いな、眉村」
吾郎はまだドキドキしながら、食堂を後にした。
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