「別に見送りなんてよかったのに」
「いいじゃん。俺、もう少し一緒にいたいんだからよ」
どうせ用事なんか本当はなにも無いんだろ? と言って吾郎は寿也を見つめる。
自転車を押しながら、寿也は黙ってコクンと頷いた。
二人は並んで、ゆっくりと歩いてゆく。
途中の自販機でジュースを買い、近くに公園を発見してベンチに腰をかける。
公園内では何人かの子供たちが遊んでおり、側で母親たちがその様子をみつめている。
「いやー、さっきはマジで驚いたな」
吾郎が後ろ髪を掻きながら、ポツリと呟いた。
「ほんと、でもあれがお父さんじゃなくて良かったじゃない」
真吾だったから何とか誤魔化せたが、あれがもし父親だったらと思うとゾッとした。
「でもさ、いくらなんでもプロレスごっこはやばいんじゃない?」
「じゃぁ、なんて言えばよかったんだよ?」
その言葉に、うーんと頭を悩ませる。
「お医者さんごっこ……とか?」
寿也の言葉に思わずブーッと吹き出した。
「そっちのほうがぜってぇ怪しいって」
「そうかなぁ」
お互い顔を見合わせ、笑いあう。
春の心地よい風がそよそよと二人の間を通り過ぎてゆく。
「僕たち、いつまでこんな関係でいられるんだろう?」
「寿……」
急に寂しそうな表情になり吾郎は言葉をかけれずに、黙って下を向く。
それは、吾郎も考えていたことだった。
海堂を出て、自分の力を限界まで試したい。その思いは今でも変わらない。
しかし、一つだけ静香たちに宣言したあの日から変わってしまったものがあった。
それは、寿也への想い。
海堂を辞めてしまえば、二人はライバルになる。
当然、こうして肩を並べ笑いあうことなど考えられない。
離れたくない。しかし寿也は恋人であると同時に、最大のライバルだ。
矛盾する自分の気持ち。
しかし静香たちの前で公言した以上引き返すわけにはいかなかった。
もう、後戻りできない。前に進むしかないんだ。
「俺たちは、何にもかわらねぇよ」
そう自分に言い聞かせるように呟く。
離れていても、想う気持ちは変わらない。
自分がそうであるように相手にもそうであって欲しいと願う。
「そうだね。僕たちはかわらないよね」
はにかみながら、寿也は笑った。
「寿……」
辺りはすっかり夕闇に染まり、公園で遊んでいた子供たちも母親に連れられ帰っていった。
残ったのは二人だけ。
「僕、もう帰らなきゃ。また寮で会おうね」
「ああ、またな」
お互いに正反対の方向に自転車を走らせる。
切ない思いを胸に秘め吾郎も自分の家族のもとへ帰っていった。
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