時は進み春休みになった。さすがの海堂高校も春休みだけは生徒の進級の準備などで忙しく野球部も休みになって寿也はバイトに明け暮れる毎日を送っていた。
寿也がいつものようにバイト先へ行くと珍しく本日休業のビラがつけられている。
不審に思って中に入ると管理人が慌てて出て行くところだった。
「あのー……」
「ああ、佐藤君か悪いが今日は急用が出来てね、今日と明日休むことになったんだ。悪いね、わざわざ来てくれたのに」
それだけ言うとすぐに車に乗って出て行ってしまった。
何かよほどのことがあったらしい。
急にぽっかりと時間が空いた寿也は、ふと吾郎のことを思い出した。
今頃、何をしてるんだろう?
そんな事を考えていたら急に会いたくなった。
春休みに入って十日目、あと五日ガマンすればまた寮で会えるのに、それでも会いたくてたまらない。
寿也の自転車はまっすぐ吾郎の家に向かって走り出した。
「寿じゃねーか。どうしたんだよこんなとこで」
吾郎の家の前に来た寿也が丁度自転車を止めてインターホンを鳴らそうと思っていたら、後ろから声がした。その声に思わずドキリとする。
振り向くと、ロードワークを終えたばかりの吾郎が汗をぬぐいながら走ってくるところだった。
「吾郎君」
「なんだよ、来るんだったら先に電話ぐらいすればよかったのに」
玄関の鍵を開け、入れよと手招きをする。
寿也が靴をそろえていると、なんだかいつもと違う雰囲気に気がついた。
「あれ、吾郎君、お母さんは?」
「ああ、ついこの間妹が産まれてよ今は病院に入院中さ」
冷蔵庫の中を物色しながら答える。
「お父さんは?」
「ああ、親父も今病院だよ。待望の女の子なんでもうメロメロ」
吾郎はジュースとお菓子を持って、二階へ上がる。
寿也も後に続いた。
吾郎の部屋は受験の時に家庭教師に来た時と違って、雑然としていた。
今までは桃子が掃除していたのだろう。
そういえば、自分たちの部屋も寿也が毎日片づけをしていることに気がつく。
「吾郎君、ちょっと片付けたほうがいいんじゃない?」
「んだよ、いいじゃん別に。この方が楽だし」
そう言ってお菓子の袋をあけ、ジュースをコップに注ぐ。
「そういえば、休み中ずっとバイトだって言ってなかったか?」
「うん、その予定だったんだけど急に休みになっちゃって」
久しぶりに聞く彼の声は、聴いているだけで胸が高鳴る。
「君に急に会いたくなって。迷惑だった?」
彼はぶるぶると首を横に振る。
「迷惑なわけねーよ。俺だって、会いたいと思ってたし」
言いながらほんのり頬を紅く染める。
ようやく、この二人っきりという状況を理解し始めたようだ。
途切れた会話に困って寿也は吾郎を見やった。
ふっと、お互いの視線が合う。
「……吾郎君」
優しく頬をなで上げると吾郎の肩がピクリっと動く。
「ダメだって……寿……。もうすぐ、親父が戻ってくる」
その言葉とは裏腹に全く拒む気配がなく寿也はごくりと唾を呑み込んだ。
開け放った窓から暖かな春の光が降り注いで、優しく二人を包み込む。
わざと視線を逸らし、俯くその仕草がとても愛しく思えガマンが利かなくなって考えるより先に、身体が勝手に動いて吾郎を押し倒していた。
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