「ちゃんと荷物持った? 忘れ物、ないわよね?」
冬休みもあっという間に終わり、とうとう寮へ戻る日がやってきた。
「大丈夫だよ。心配すんなって」
桃子は心配そうに車に荷物を詰める吾郎を見つめている。
「吾郎兄ちゃん、またどっか行っちゃうの?」
幼い弟は不安そうに母を見上げた。
「真吾、俺がいない間ちゃんと母さんを守ってくれよ」
「うん、僕お兄ちゃんになるんだもん」
得意そうな笑顔で答える真吾の頭をよしよしと撫でてやる。
「おい、もう行くぞ」
「ああ、じゃぁ行ってくる」
ひらひらと手を振り、英毅の車に乗り込む。
吾郎を乗せた車が見えなくなるまで、桃子は見送り続けた。
「迷惑かけたな、親父」
「あ? この間のことか?」
「なんつーか……みっともないとこ、見せちまって」
頬杖をついて視線は窓の外を眺める。
「別に。若けりゃ色んな悩みもあるだろうよ」
「けっ、年寄り見たいな事言ってるし」
「……ところで、お前」
「ん? なんだよ」
急に声色が真剣になったので思わず英毅の顔を見る。
信号待ちの車が列を作っている。視線は前を見つめたまま、静かな口調で尋ねる。
「本当に海堂を辞めるのか?」
「……ああ。俺は、あいつらを超えなくちゃいけないんだ。」
「この間の子と、離れることになっても……か?」
しばしの沈黙。
「当たり前だろ? アイツは次の海堂の四番だ。アイツを倒さなきゃ俺は強くなれねえ」
静かにそう言って視線を落とす。微かにぎゅっと握った手が震えていた。
解っていたことだ。
海堂を辞めると必然的に彼と別れなければならない。
眉村や寿也に挑戦してあいつらに勝たなければ、真の王者にはなれない。
自分の信じた道を自分の足で歩いてみたい。それがどこまで続いているのか解らないけれど。
だけど、寿也ともう会えなくなるのは胸が締め付けられる思いだった。
「お前、付き合ってる子いるのか?」
「なんだよ、突然」
「いいから、答えろ。どうなんだ?」
「……いるよ」
英毅の質問に戸惑いながらも答える。
「その子は、お前が辞めちまうって知ってるのか?」
「あぁ、知ってる」
「……なんて、言ってるんだ?」
「何も。アイツは何も聞いてこねぇし、俺も何も言わねぇ」
「海堂辞めたら、その子との関係はどうするんだ?」
そう言われて、言葉に詰まる。
辞めたあと、どうなるかなんて考えてもいなかった。
当然、彼とは敵同士。
会うのは、無理かもしれない。
すっかり黙ってしまった吾郎を見て、英毅は大きな溜息をつく。
「あのなぁ、女の子を泣かせることだけは、絶対するんじゃないぞ」
「わかってるよ」
ようやく長い信号待ちを抜け、再び車は走り出した。
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