翌日吾郎は、眉村をグラウンドの隅に呼び出していた。
寿也も側にいたいと言っていたが、席を外してもらった。
空はどんよりとしており今にも雨が降りそうだ。
「話しって……なんだ?」
「あのさ、この間の返事をしようと思ってよ」
視線を地面に向けたまま、ポツリポツリと話し出す。
「俺、お前の気持ちに答えてやること、出来ねぇ」
眉村は黙って吾郎を見つめていた。
「俺は、お前を超えるために海堂に入ったんだ」
どうしても、恋愛対象としては見れない。
ハッキリとそう伝える。彼は口の端をきゅっと結んだまま動かなかった。
重苦しい空気があたりに漂い始める。
「……佐藤は、どうなんだ?」
ふいに今まで黙っていた彼が口を開く。
「好きなのか?」
「……あぁ」
少し躊躇ったが、小さく頷く。
眉村は、
「そうか」
と、ため息混じりに言うと背中を向けた。
「最後に一つだけ、お願いがあるんだ」
「何だよ?」
「一度だけ、キスしてもいいか?」
それできっぱり諦めるから、と彼は言う。
「わかった」
言うが速いか、壁にもたれていた腰をグッと引き寄せ、貪るように唇を奪われる。
「んぅ……」
吾郎の口からくぐもった声が漏れる。
優しく繊細な寿也とは反対の、貪欲で激しいキス。
息も出来ない程強く抱きしめられ、身じろぎ一つ出来ない。
「……すまなかった」
唇を離し、そういい残すと足早に寮内へと戻って行った。
一人残された吾郎はその場に立ち尽くし動けずにいた。
ふと、空を見上げると分厚い雲の合間からポツリ、ポツリと大きな雨粒が落ちてくる。
これで、よかったんだ。あいつの気持ちには答えてやれない。
いつだったか、寿也が言った言葉を思い出す。
『中途半端な気持ちで優しくして、変に期待を持たせたら、可哀想だ』
あの時は深く考えなかったが、今はなんとなく解る気がした。
例え同性でも、思う気持ちは変わらない。
人の想いというのは本気であるほど心にズーンと響いてくる。
雨はだんだん激しくなり、吾郎も急いで寮へと戻る。
玄関先では寿也が心配そうに待っていた。
「うまく、話できた?」
「あぁ」
ホッとしたように、寿也は安堵の溜息を洩らす。
ちょうどその時、夕食の合図が聞こえてきた。
吾郎の腹の虫も大騒ぎを始めている。
「腹減った。おい、行こうぜ」
「ちょっと待ちなさい、あなたたち!」
二人並んで食堂に向かおうとして、野太い声に呼び止められる。
振り向くと、選手の健康管理、メンテナンスなどを担当している早乙女泰造が仁王立ちしていた。
「あなたたちには、風呂掃除が残っているでしょ!? それが終わるまで、夕食は無しよ」
モップとブラシを手渡され、首根っこをつかまれて風呂場まで連れて行かれる。
「すっかり忘れてたぜ……」
「ハハッ、そうだっだね」
二人は、深い深いため息を漏らした。
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