「どうかしたのか、茂野?」
五時限目の休み時間、同じクラスの仲間が吾郎の周りに集まってきた。
彼が授業中窓の外を眺めているのはいつものことだったが、今日はいつにもましてボーっとしている。
いつものような覇気はなく、魂が抜け落ちたようにぼんやりどこか遠くを見つめたまま動かない。
「何か変なもんでも食ったんじゃないか?」
いつもなら、くってかかりそうな児玉の言葉も彼の耳にはただの雑音にしか聞こえない。
考えているのは、寿也との事だ。
さっきのキスシーンが頭の中をグルグル回っている。
何時も眠くなる筈の数学の時間も、目がすっかり冴えて眠れなかった。
ふと、運動場に目をやると隣のクラスが体育の準備しているのが見えた。
そこに幼馴染の姿を見つけ、ドキッとする。
偶然、寿也がこちらを向き、目が合う。
鼓動がだんだん速くなり、キューッと胸が締め付けられた。
(俺、変だ・・・。)
こんな気持ちは、リトル時代に横浜リトルの涼子ちゃんに会ったとき以来だ。
「大丈夫か、茂野。顔が少し赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」
クラスメイトでもある寺門に言われ、吾郎もなんだか具合が悪いような気がしてきた。
「わりぃ、俺 帰るわ」
席を立ち、帰り支度をして職員室に向かう。
チームメイトも心配そうに後姿を見送った。
早退の許可をもらい、校門を出る。
厚木の寮まで結構な距離があり、先生からも保健室で休むよう言われたがバスが来る時間まで待っているのが面倒くさく思えて、歩いて帰ることにした。
「あいつ、俺のこと好き、なんだよな」
その道のりをゆっくりと時々立ち止まりながら、歩いていく。
考えないようにと思ってもつい考えてしまう。
残暑厳しい九月の太陽を恨めしそうに睨みつけ、ふと足を止める。
自分は? 自分はどうなんだろう?
好き、なんだろうか。
確かに嫌いではない。
彼とキャッチボールをしていると最高に楽しいし、試合でもあいつが構えていてくれるといつもより早い球が投げられる。
バッターボックスに立てば誰よりもワクワクした試合になる。
でも、恋愛感情なんて今まで考えたことなかった。
あいつはただの幼馴染で、しかも男同士だ。
「俺、あいつとキスしちまったんだよな」
自分の唇にそっと触れ、あの時の感触を思い出す。
キスシーンがフラッシュバックして甦る。
「あぁ! 俺、ナニ思い出してんだ!!」
近くにあった自販機で、コーラを買い一気に飲みほす。
暑さのせいで、変なことばかり考えてしまう。
「雲ひとつねーじゃん」
天高く澄み切った空を見上げ、うんざりしたように呟いた。
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