見るだけで胸が苦しい。 こんなに近くにいる、そう、物理的にはこんなに近くにいるのに、どうしてこんなに遠く感じるのだろう。 どうしてこうも二人の視線は絡み合わないのだろう。 夕焼けが彼の白い肌を赤く染め上げる。 なめらかそうなその肌を、一瞬まるでスクリーンのようだと思った私はすぐにそれを打ち消した。
「どうだ、寮の生活には慣れたか」
「はい」
「友達はできたか」
「はい」
「食事は口に合うか」
「はい」
私はまるで機械のように、ただはいはいと繰り返していた。 寮の生活にはなれた。友達はそこそこできた。食事は、口に合わない。 憧れのマルフォイさんは私に問うけれど、別に興味があってやっているわけではなさそうだ。 自分の父親が目をかけてきた後輩の娘だ、彼が私の面倒を見てやれと言われているのは目に見えていたし、父親の言いつけなら彼は必ず守るだろう。 マルフォイさんは同級生たちとは違う。 彼はもっと背が大きいし、ハンサムだし、頭がいいし、でもそういう問題じゃなくて、そもそも生まれた世界が違うかのように彼は特別なのだ。
時々、泣きたくなるほど彼を好きだと思う。 私に向けられたことのない笑顔。 女の子を口説く声。 何も言葉をかけられずにすれ違った時の横顔。 どうにかなりそうだと叫びたくなったりもする。 頭を抱えて蹲りたい時もある。 でも、結局のところ私は何事もなかったかのように、静かに微笑んでいるしかない。 誰にも、この醜い感情を悟られないように。
「よく笑うようになったな」
はい、と答えようとしていた口を閉ざした。 彼を見上げれば案の定、彼の顔はすぐ近くにあった。 ひさしぶりに彼の目を見つめたと思い、すぐに目をそらす。 あまりに美しくて、もっと見入ってしまいたくなるから。 でも逆に、恥ずかしくて長くは見ていられない。 何と返事をしたらいいかわからない私はただ押し黙った。 彼が口が開くのをただ待った。
「君は僕の前ではあまり笑わないからな、同級生たちの中で笑う君を見て新鮮だったよ」
また私は静かに微笑んだ。 あなたの前で笑わないのではない。 笑えないのだ。上手に笑おうと思って、笑えないのだ。 こうやって、曖昧に微笑むことしかできない。
「そうですか」
「そうさ。僕のことが苦手か?」
「いえ、」
好きなんです。 喉の奥の奥の方でその言葉はくすぶるだけで、出てこようとはしない。 マルフォイさんは私をからかうように笑っていた。 上手い切り返し方もわからない。 ただ、それだけ口から出て、曖昧な笑顔を貼りつけたままの私は黙った。
「さて、僕はもう行くよ」
「はい」
「寮まで送るよ。僕は用事があって他へ行くけど」
マルフォイさんが寮まで送ってくれる。 他の用があるのに、私のためだけに寮まで来てくれるのだ。 胸がどきんどきんと高鳴って、思わず私は口を手で覆った。
「大丈夫です、一人で平気ですから」
曖昧に笑った私の口はそう言った。 心は残念がっていた、でも頭は冷静に、これでいいのだと悟っていた。 そうか、とマルフォイさんは頷いた。 彼だって、好きで私といるわけじゃないんだもの。
マルフォイさんがいなくなった後で私はそのまま動かなかった。 自分に嘘をつくのも、彼に嘘をつくのも、もう日常茶飯事だ。 ただ、きっと自分を騙し切れていないことははっきりとわかってしまって、私は慌てて両手で目を押さえ、涙を止めようと必死になった。 悲しいわけないと、心中で叫びながら。
うそってむつかしい
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