目の前にはレポートらしき、羊皮紙の束。

積み上げられたソレは、ちょっと触れれば崩れてしまいそう。



私、ナマエミョウジは闇の魔術に対する防衛術学教授、R・J・ルーピンの私室に来ている。


「Ms.ミョウジ、何故呼ばれたかわかるね?」



怒ってはいないけれど、真剣な顔つきでルーピン先生は尋ねた。



「試験の事…ですよね?」


「ああ、そうだ。自覚はあったんだね。」



そりゃそうだ。
今回呼び出されたのは、いかにも試験の出来がさんざんだったからである。

自分で言うのもなんだが…、私はこの教科においては優秀な成績をおさめているはずだ。




それが、まさかのほぼ白紙状態。




――もちろん、わざとだ。





「君ほどの優秀で、真面目に取り組んでいた生徒がどうしたんだい?まさか、具合が悪かったとか…?」



何やら、腕を組んで難しげな表情で思案を始める先生。



こんなに真剣に悩んでくれるとは…
ああ、良心が痛む。




「先生!体調は万全でしたので安心なさって下さい。」

誤解は解かなくては。




「それじゃあ、いったいどうしたっていうのかな?」


ますます、訳が分からない様子で私を問い詰める。



ち、近いです先生。



どんどん近くなる、先生との距離に耐え切れなくなった。

「あの…アレ、わざとなんです。ごめんなさい!」



怒られるのかしら?







「どうして、わざと解答しなかったんだい?何か理由があるだろう。」


さあ言ってごらん。とルーピン先生は優しく聞いてくれるものだから、思わず肩の力も抜ける。








「…先生の事が好きだったから。」









暫し、沈黙。











「…だから…私、先生に気にかけてもらいたくて、わざとやりました。ごめんなさい!」


ああ、恥ずかしい。
穴があったら入りたいとは、この事だわ。




「そんな事をしなくとも、君は充分に優秀な生徒だから好印象だったんだけどな。」


「ただの真面目なイイ子ちゃんで終わりたくなかったんです。この教科も大好きだけど、それ以上に先生の事を好きになってしまったんです!」


畳みかけるように、口早な告白。

ルーピン先生も、きっとびっくりしてる。





「いつも成績のいい君が、急に悪くなれば僕が心配するし、何らかの形で心に残ると思ったんだね?」


「…はい、おっしゃる通りです。」

改めて口にされると、余計に恥ずかしいのは何故?
先生ったら、きっと確信犯だわ!



「君は僕を"好き"だと言ったね。…僕のどこを好いてくれているのかな?」


「え?」



この質問は何?

てっきり、受け流されるかキッパリ断られて即退室がオチだと思ってたから戸惑ってしまう。




「特に理由はなかったのかな?」



ん?と、首をかしげて聞いてくる先生。



そんな顔しちゃずるいわ!
反則よ!


「理由ですか…?たくさんありすぎて…」



「たくさんあるのかい?是非とも知りたいね。」


紅茶でも飲みながらどうだい?って、杖を一振りした先生は美味しそうな紅茶とチョコレートを私に勧めてくれた。


もう、逃げられないわ。


私は、丸いチョコレートを口に含んで話しはじめた。


「えっと…先生の大人な対応も、柔らかな雰囲気も…ふわっと香る甘い匂いも……全部ぜんぶ大好きです。」

「先生の授業はとても面白いし、男女問わず人気だし…、いつも明るいのに…でも時々見せる淋しげな表情が私をより好きにさせたんだと…思います!」


言い切った瞬間、急に恥ずかしくなって紅茶を啜ったティーカップが離せなかった。





「僕は、淋しげ…かい?」


さっきまで楽しそうだった、ルーピン先生が泣き出しそうな声で尋ねてきた。


びっくりして、ティーカップを下ろせば、目の前に一瞬だけいつものように淋しげな表情をした先生が映る。



「…先生?」

思わず、ルーピン先生の手に私の手を重ねて握りしめた。



――大丈夫だよって。



私より遥かに大人なのに、小さく脆い少年に見えたんだ。




その瞬間、ハッとしたのかルーピン先生は私の手を空いてる右手で握り返して「こんなに君に好かれているなんて光栄だよ。」と笑った。



ああ、またいつもの先生だわ。

私には淋しさの訳を教えてくれないのですね。



「さあ、もうこんな時間だ。チョコレートをもう一つ食べたら、部屋にお戻りなさい。」



窓の外を見れば、もう夕暮れ時。
同じ色をしたカップの中身も、ほとんど残りは少なかった。



クランベリーソースのかかったチョコをほうばると、先生と目が合った。


「君は、僕を好きだと言ったね。」


「はい…好きです。」

やっとおさまった赤みが、また再発しそう。






「僕も君の事が好きだ」








暫し、沈黙。





あれ、これはデジャヴュ?


「…え?」







「だから、君の評価を下げたくない。部屋に帰ったら試験の直しをすること。分かったね?」


悪戯っぽく、先生は笑った。

ご丁寧にウィンクまで添えて。




「わ、分かってます!次の授業で出します。し、失礼しました!」


あんな顔されたら、誰だって赤くなるわ。

それに"好き"だなんて、先生も期待させて!



勢いよくドアを開けて、飛び出したところにマクゴナガル先生が。

「廊下は走らない!Ms.ミョウジ、減点ですよ。」



ああ、すみません先生!
それどころではないのです。


今立ち止まったら、きっと顔が赤い事がばれてしまうもの。

悲しくないのに、涙が頬をつたう。

ああ、先生の事が好きでした誰よりも。













(きちんと君の好意に答えられなくてごめん。)

(こんな僕を好きだと言ってくれるだけで充分に幸せだった。愛してくれてありがとう。)