チリンチリン、とお店のベルが鳴った。なんとなく入口の方を見ると、それは意外な人物であった。
「ス、スネイプ先生…?」
一応小さい声で言ったのだが、ちっ、と先生がわざとらしく舌打ちをしている様子だと、聞こえていたみたい。
ここはダイアゴン横丁にあるお菓子屋。だけど、最近最先端のお菓子屋が向かいにできたからなのか、人の入りがあまり良くない。
あたしはここの優しく静かな雰囲気が好きなので、こっちの方によく行く。なのであたしが見る限りでは、あたし以外の客はほぼゼロに近い。
だからあたし以外のお客が、しかもお菓子と結びつかない人物がここに来たことを、ただ純粋に驚き、密かに嬉しいと思っただけなのに。
「何をじろじろと我輩を見ている……」
「え、あたし、まさか先生の方をずっと見ていましたか?」
「我輩に穴を開ける気か、と言うほどな」
恥ずかしいなぁ。ずっと先生を見ていたなんて。だけど先生は、あたしがじっと見ていたことなんて、鬱陶しいとしか思っていないんだろうな。
小さくはぁ、とため息をつきながら、お菓子の方に再び視線を向けた。冬期休暇に先生を見れただけでも、ラッキー。先生のためにも急いでここから出よう。
そう思いながら、お目当てのお菓子と美味しそうだと思ったお菓子をカートに入れて、レジでお会計をしてもらった。
お財布に入っていたいくらかの銀貨を愛想のよい中年の魔女に渡し、寒い世界につながるドアに手をかけた。……−その時。
「待ちたまえ」
ごわごわとした大きな何かに肩をたたかれ、後ろでそう囁かれた。
「ふへぇ?」
「間抜けな面で、間抜けな声を出すな。……こちらに来い」
「ちょ、ス、スネイプ先生!?」
一体何なのかしら。まさか先生の方を見ていただけで怒られるとか?否、先生と一緒に居られるのは嬉しいけどお説教はやだな……
そう思いながら、先生は私の右手を引っ張り店の方へ引き戻す。そして先生に連れて行かれた先は、お店の中にある小さなカフェテリア。……え?
「ここに座れ、ミョウジ。……コーヒーを二つ」
「あ、あの……?」
「…なんだ。コーヒーは飲めんのか」
「い、いえ……そう言うことではなくて……」
「なら、少し黙っておけ」
陰気と生徒から言われている先生が、あたしを呼びとめたかと思うと、カフェの方に連れて行き……先生の考えがわからない。
数分後、お待たせしました、とレジにいた人とは別の人が二杯のコーヒーを持ってきた。とても優しい匂いだ。
だけど先生はさっきの会話からダンマリ。何も話さず、ただ静かにコーヒーを飲んでいるだけ。
あたしも何も話さずに、砂糖を少し入れて少し熱いコーヒーを飲む。あたし、何をしたんだろう?ドキドキするよ。
「……のではない」
「えっ?」
不意に、かすかだが先生の唇が動いた。だがその動きは小さかったため、何を言ったのかわからない。だから思わず、キョトン、としてしまう。
「我輩が……ここに来たのはダンブルドアのお使いだ。けして私用ではない。けしてだ」
「は、はぁ……」
「だから、このことは誰にも話すのではない」
それだけだ、と言い、先生は再びコーヒーを飲み始めた。
……まさか、先生があたしをここでコーヒーを御馳走させたのは……口封じのため?
「……ぷっ」
「な、何がおかしい……」
「いやあ、案外先生って可愛いことをするんだなぁと思いまして」
「か、可愛くなんかない!ただ、こうまでしないと、ホグワーツで噂好きと有名な貴様が、めんどくさいことをすると思い……」
「あははは…、可愛いですよ先生。その慌てっぷりも。……それに、こんな事をしなくても、誰にも言いませんし」
「……何?」
ホグワーツで噂好き、そんなにもあたしって名が知られていたんだなと呑気に思いながら、残りのコーヒーを全部飲みほした。
「冬期休暇に先生を見れて、少しだけでも会話して、静かだったけど一緒にコーヒーを飲んだ、こんな嬉しいことを誰にも話すわけ無いじゃないですか」
大好きな先生と、なぁーんてね。その言葉だけ言う前に飲み込む。10以上も年が離れた先生との恋なんて実るわけ無いのだから。そう自分に言い聞かせて。
ではあたしはこれで、と席を立ちあがる。もう少し居たかったけどな、と思いながらお菓子の入った荷物を持つ……
「…我輩もだ」
動作が停止した。一瞬、先生が何を言ったかわからず、先生の方を振り向いた。しかし先生は、自分の分のコーヒーは払っていけ、と言っただけ。
でも、先生わかるよ。だって、あたしから視線を外して真っ赤にしている。これは……先生の気持ちに期待してもいいのでしょうか?
…先生が奢ってくれるわけじゃないんですかー、と嬉しい気持ちを紛らわしながら言ったあたしの顔は、どれだけ緩んでいるのだろうか。
パパとママには内緒だよ
(誰にも秘密、あたしの思いは)
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