5/11 日 名前をよんだ日





目が覚めると、昨日は遅くまで眠れなかったというのになんと早朝5時半だった。
保育園の遠足や家族旅行の前などにこんな事がよくあったが…まさかこんな年になっても早々と目が覚めてしまうなんて。
目が少し浮腫んで頭が重い。
しかし、まだ寝ていたいだろう身体とは正反対に、頭はもう起きろ!寝るな!と私に命令を出している。

体のスイッチを入れるためにカーテンを開けると、清々しいほどの晴天でなぜかホッとしていた。
それと同時に、そわそわとした気持ちが手足をむず痒くし、慣れもしない朝シャンなるものをしてしまった。
いつもよりも丁寧に髪をドライヤーで乾かし、普段は手をつけない母親の流さないトリートメントを拝借した。甘く胸がときめくような香りがふわりと髪から漂った。


「おねいちゃん、早く行こうよー」
「も、もうちょっとだけ待って!」

そして家を出るギリギリまで着ていく服に迷った。
颯太は私の部屋の入り口ドアに背をもたれ、ゲームをしながら私をせかしている。

ワンピースにするかフレアスカートか、それともデニムの方がいいだろうか…

私のクローゼットの中身は全て母親が買ってきた服がほとんどだ、いつもは適当にその中から服をきているのだ。
でも、こんなに悩むなら少しはファッション雑誌とかを見て勉強しておくのだった!
ベッドの上に服を並べてウンウン唸っていると、見兼ねた母親が満面の笑みで私の部屋に入ってきた。


「ママは、ワンピースがリョーマ君のタイプと思うなぁ〜」


リョーマの好みは聞いてない!!
私は顔を真っ赤にしてワンピースを手に取った。





「わー!テニスコートがいっぱいあるねー!」
「離れたら迷子になるから気を付けてね」
「うん!」


リョーマが初めて我が家に訪問した次の日、私と颯太は2人で手を繋いで近所のテニスコートへ出掛けた。

コートには様々なユニホームに身を包んだ中学生が準備運動をしたり、サーブ練習をしたりなどアップをしている所だった。
所々に見物客と思われる私服の人がまばらだが、フェンスを挟んで試合が始まるのを待っている様子だ。
受付と思われるテーブルの上にはコートの案内があり、すぐに青春学園の文字を見つけ、もうあと5分もなく水ノ淵中との試合が始まることを知った。


5番コート…あ、ここだ。

コートにはすでに練習している人はなく、試合前の少し緊張感のある空気が目に見えてわかった。
リョーマが着ていたジャージと同じ青春学園の上級生2名が、試合をする他校の生徒とテニスコートのネットを挟んで握手をしている。

颯太に試合中は静かにすることを約束させ、少し離れた見学用のベンチに腰掛けた。
私はと言うと、そわそわとして気持ちが落ち着かない。フェンスの周りにいるテニス部員の中からリョーマを探していた。
自分でもよくわからない…まあ一言くらい挨拶をしないとだもんね!


そんな私を他所に、青学の選手からサーブが始まった。初心者から見ても球速の付いた球は、他校の相手選手も全く反応出来ていない。テニスは時間がかるスポーツだと聞いていたが、まるで相手にならないかのように6ー0とストレートでダブルスの2人は勝利した。
颯太は目をキラキラとさせて、パチパチ大げさに拍手を送って喜んでいる。

「ねえねえ!リョーマもその人達と同じくらい強いのかな?」
「んー…リョーマは下級生だから、どうかな」
「えーリョーマの方が弱いの?」
「それは「俺のが強いに決まってるでしょ」
「あー!リョーマだ!」


…い、いつの間に!!
隣から声がしたかと思えば、ジャージ姿のリョーマが涼しい顔で私の横に腰掛けていた。
颯太は勢い良くベンチから降り、リョーマに飛びつくとリョーマは少し驚いた様子でそれを受け止めた。
会うのはまだ2度目だというのに、本当に颯太はリョーマを気に入っている。
それに対し、リョーマも嫌な顔せず構ってあげる所が、少し羨ましく思えた。

その後も試合はスムーズに進み、途中私が飲み物を買いに行き帰ってくると、颯太はリョーマの膝上で解説を聞きながら満足そうな笑顔を見せていた。
恋人か!と思わず思わずもいられない…これが男女だったら目も当てられないだろう。
私は小さくため息をつき、そっとその隣に腰掛けた。

次の試合も6ー0でストレート勝ちだった。

その後、颯太はシングルスを間近で見たいと言い出し、一人ベンチから降りてフェンスの前で食い入るように試合を眺めていた。
リョーマはというと、ファンタを飲みながら、試合には特に興味がないと言った様子でベンチでまったりと座っている。
先輩たちが試合に出て、他の下級生はフェンス越しに応援をしているというのに…なんという大物ぶりだ。私には絶対に出来ない。


「本当にうちの学園はテニス部が強いんだね」
「まあね、でも相手が弱すぎ」
「じゃあリョーマは出る幕もないってわけ?」
「あ…やっと俺の名前呼べたじゃん」
「え?あ、それは!颯太がそう呼ぶからっ」


あわてて手を振って否定するも、リョーマの薄く形の良い唇は笑みを含んでいた。
試合を眺めて私の方を向いていないのに、その笑みは私に向けられたように感じて少しドキドキして少し恥ずかしかった。
隣に座るリョーマと私の30cmほどしか空いていない距離に少し熱を感じる。

リョーマにはもう人見知りしなくなったのに…なんでこんなにドキドキするんだろう。

「…ねえ」
「…んっな!なんでしょう!」

ぼーっとしていると、隣に座ったリョーマが私の顔を見て声をかけているのに気が付き、思わずビクリと身じろぎする。
あわてて体勢を直す様子が可笑しかったのか、リョーマはクスリと笑った。その仕草でさえ、ドキドキと反応してしまいそうになる。
…本当に、私はどうしちゃったんだ。


「…俺も先輩のこと、菜々緒って呼ぶから」
「…なんでっ!?」
「その方が呼びやすいから」
「うっ…そ、そうですか」
「ん、よろしく…菜々緒」


心臓がドクンと大きく拍を打ったと思うほど、何やらわからない気持ちが一斉に胸から全身に広がった。
ただ、菜々緒って、名前を呼ばれただけなのに。
甘酸っぱい衝撃に頭を麻痺させてしまったのか、しばらく動けなくなってしまった。

リョーマはそんな私に生意気な含み笑いを一瞬向けたかと思えば、フェンスに張り付いている颯太のもとへヒョイっと向かって行った。

その後は、リョーマの顔を見るのが恥ずかしくって、またドキドキしてしまいそうでたまらなかった。試合を見ようにもつい目の前のリョーマに目が行ってしまう。これは何かの試練なのか…。


シングルスの試合も、ほとんどがバンダナの人が攻める一方で6ー0とストレート勝ちだった。
相手の水ノ淵中は肩を落としている。あまりにも歯が立たなかった自分たちに嘆いている様にも見えた。


「じゃあ、部で集まらないとだから」
「うん、ありがとうリョーマ!颯太すげーたのしかった!」
「ん、じゃあ…またね」
「ばいばーい!」

颯太が元気良く挨拶すると、私の代わりにリョーマに大きく手を振った。
私はついにあの会話からリョーマと一言も会話出来ずに颯太とテニスコートを後にした。さようなら、とか、またねくらい言えば良かっただろうか…。

ため息をつく私を不思議そうに眺めていた颯太は、私の手を握る。だが途端にパッと離した。

「おねいちゃん、手がすごい汗だらけ!」
「わっ!ごめん!」
「さっきからお顔も赤いし、つらいの?颯太と一緒に病院行く?」
「ううん、大丈夫。ありがとね、颯太」

風邪と勘違いされたのだろうか、颯太は本当に優しい子にそだっておねいちゃん嬉しいよ…。
颯太くらい素直に人に抱きつけて、話が出来る様になれば、リョーマともっと仲良くなれるかな?でも膝の上なんて恥ずかしくて乗れない!
うう…なんでさっきからこんな事ばっかり考えてるんだ…。
またため息が漏れると、颯太が心配そうな顔で私の手をさすった。

あっという間の土日だった、明日は月曜日。
家に帰ったら宿題とスカートにアイロンをかけよう。







試合が終わり、菜々緒たちと別れたリョーマは部の集合が掛けられたためコート横に集まった。
手塚部長からの話が終わると、監督から解散との指示が出る。
リョーマは荷物を取りに踵を返すと、いつぞやと同じ様にニヤニヤとした桃城が勢い良く肩を組んで進行を阻害した。

「おい!見てたぜー越前!」
「なんすか?」
「と・ぼ・け・ん・な!アレ、彼女だろ〜?」

どうやら菜々緒のことを言っているらしい。
別にそんな事実はないし、なんて噂され様が自分には関係ないが…人見知りの菜々緒が自分の噂が経つことに耐えられないだろう。
リョーマは消化しきれない顔をして、肩に寄り掛かっている桃城の右腕からすり抜けた。

「おい!別にいいじゃあねーか!あの子、他校の子だろ?」
「…他校?ああ、そっす他校なんで」
「全くやってくれるなー!よっ色男!!」

菜々緒と桃城は同じ学年でバレているかと思ったが…どうやら勝手に他校の生徒だと勘違いしてくれた様だ。勘違いしてくれた先輩をありがたいと思いながら、リョーマはテンションの高い桃城と一緒に帰路に着いたのだった。










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