5/10 土 平穏な私の休日



やっと平穏な私の休日が戻ってきた。
ここ数日、慣れないコミュニケーションに悩む日々が昼夜続いていたため、今日は何も考えずただ絵を描いていようと思う。
何時もの公園に出掛け、柔らかい芝生に腰を下ろした。
昼を過ぎた公園は遠くで小さな子供が走り回っていて、いつもと何も変わりない。
一息つくと、デッサンのパネルに画用紙を挟み、その上部にクリップで一枚の写真を貼る。

写真は可愛らしいカルピンというヒマラヤン猫。
ここ最近ずっと頭に張り付いて悩まされている原因、越前リョーマから預かった写真。
出来ることなら、今日は彼から思考をずらしたかったが、以前約束したこの猫のデッサンを早めに片付けようと思った。さっさと終わらしてしまえば、もう私は解放されるだろうと考えたのだ。


私は鉛筆を取り出すと、そっと簡単な構図を薄く形どった。
動物を描くのは初めてで、何度か練りゴムを使い納得がいくまで輪郭を描く。
意外にも苦戦し時間をかけているが、それが楽しかった。
初めて人に頼まれて、自己満足以外で絵を描くことに私は小さな喜びを見つけたのかもしれない。

30分間ぐらい経ったところで、一度腕を伸ばしパネルと距離を開けて確認する。

「…いい感じかな」
「そうみたいだね」

突然聞こえるはずのない声が背中から聞こえ、鼓動が跳ね上がった。
振り返るとまたもや越前リョーマがおり、私のすぐ後ろで絵を覗き込んでいた。
集中していて気付かなかったのか。
いつもの学生服ではなく、ジャージにハーフパンツといった様子から部活の後だということがわかった。

「ちーっす、菜々緒先輩」
「…本当に、驚かせないでください…!」

思いがけない出会いに動揺していると、リョーマは私の話を聞いているのかいないのか、テニスバックを枕にゴロンと芝生に寝転んだ。
なんでよりにもよって、こんな広い芝生の中で私の横で寝るのか。
やはり私の理解ができない人間である、越前リョーマ。

「ちょっと寝るから、夕方くらいに起こしてくれる?」
「え…今から?なら、家に帰って寝たら?」
「…今寝たい」
「だからって…」

そうこうしている内にリョーマは返事もなく、すーすーと寝息を立て始めた。
自分にはきっと耐えれないほど、部活で走り回ってきたのかもしれない。
ちらっとリョーマの顔を見るとなんとも穏やかな表情で眠っており、しょうがなく私はその場から離れずに依頼者の隣でデッサンを再開した。


時計は5時前を指した頃、公園には子供の元気な声はなくなり、見る限り私たちしかいなくなった。だんだんと沈んでいく夕日が少し眩しいが、まだ5月初めということもあり流石に肌寒くなりつつある。
デッサン道具をバッグへ丁寧に収めると、隣にまだ目覚めないリョーマにそっと声をかけた。


「ねえ、もう日が暮れちゃうよ、起きて」
「…ん」

薄く目を開けると、彼は猫のように手足を伸ばして伸びをした。
まだ眠たいのか、仕切りに目をこすっている。

「寒くなってきたし、帰ろうと思うんだけど」
「…わかった」

リョーマは口数少なく、ゆっくりと立ち上がった。
私も芝生に手を当てて立ち上がろうとすると、ばさりと肩からジャージがかけられた。
太陽に充分暖められた衣類の匂いがふわっと鼻につき、背中からジャージに残った暖かさを感じる。
突然のことに私は戸惑っていると、リョーマはジャージに似たデザインのポロシャツ姿のままテニスバッグを肩に掛け、スタスタと歩き出した。


「あ、これっ…寒くないんですか?」
「俺は平気、あんたの家まで貸すよ」
「え?私の家?」
「もう暗いし、家まで送る」
「…!…ありがとう」

リョーマは生意気で自分勝手なくせに、時折見せる笑顔や優しさがある。
私はその度に驚いたり、怒ったり、ホッとしたり、喜んだり、本当に彼に振り回されている様だ。
たいして会話もなく公園を出ると、背中に夕日を預けふたり並んで川沿いの道を歩く。
学校では勿論、私生活でも異性とふたりきりで自宅に帰るなんていうシュチュエーションは初めてでどこか気恥ずかしかった。

5分ほどで家の前に着き、玄関前で私はいそいそと着ていたジャージを畳み、リョーマへと返却した。
他の人が着ていた服を自分が着て、それを返すというのは少し照れくさい物だと知った。

「家、ここです。あの、ジャージありがとうございました」
「ん、どういたしまして。じゃあ「あー!!おねいちゃんだー!!!」

リョーマがジャージを受け取り帰ろうと踵を返した途端、大きな声が近所に響いた。
10mほど先から勢い良く走り寄ってきたのは私の弟である、颯太だ。
おそらくテニスクラブから帰ってきたところなのだろう。
リョーマに自分の弟だと紹介し、こちらにたどり着いた颯太の手を握って挨拶を促した。

「二ノ宮颯太ですっ小学1年生です!」
「ふーん、お姉さんよりしっかりしてるんじゃない?」
「んなっ!そんなことないです!私も人並みにお姉さんしてます!」

生意気な笑みで颯太と私を見比べられ、思わず必死で対抗してしまう。
そんな私の手をクイっと引かれ颯太を見ると、目の前にいるリョーマの事が気になっているらしい。

「おねいちゃんこの人だれー?」
「この人は同じ学校の人だよ、越前リョーマさん」
「越前リョーマさんって名前なの?長いねー颯太覚えらんないよ!」
「リョーマ、だよ。」

リョーマは軽く膝を曲げ、颯太の目線に合わせると颯太に手を差し出す。
颯太は少し恥ずかしがりながらもその手をとり、ぶんぶんと上下に振って握手をした。

「リョーマ!遊ぼうよ!」
「颯太!もう夕方だからだめだよ」
「えー!!お家の中で遊ぶからいいじゃん!」
「だめだめ、もう暗いか「いいよ、遊ぼうよ」

だめ!と駄々をこねる颯太を叱ろうとした時、リョーマはたやすく颯太の提案を飲んでしまった。
え?っと私が口を開けて驚くも、颯太はすでに大喜びでリョーマの手を引いて家へと招いていく。

「あっ!ちょっと、颯太ー!」

私も慌てて玄関を開けた。
別に見られても恥ずかしい物はないが、初めて颯太の友達以外の男の子が家の中に入ることが素直に受け入れられなかった。
そんな私など目もくれず、ふたりはポータブルゲームを出すと私の知らないゲームの話をペラペラと楽しそうに会話している。
私はその様子を見てため息を一つつくと、キッチンへ行き、手を洗ってから飲み物を作った。

「おねいちゃん!凄いよ!リョーマね、ラティオス持ってる!!」
「ラティオス?…わかんないけど、ふたりとも手を洗ってきて!」
「はーい」「…了解」

颯太はリョーマのことが相当気に入っているのか、リョーマの手を引いて洗面台へと走って行った。
あんなにはしゃいで手を引く様子を見て、少し可笑しく、微笑ましい気持ちになった。
父親は海外に半年前から出張しているため、颯太も家ではさみしい思いをさせていたかもしれない。

リョーマも一見クールで子供嫌いかと思っていたが、満更でもない様子で対等に颯太とゲームの話をして楽しんでいる様子で、私はどこか安心した。

ふたりして洗面台から帰ってくると、飲み物を飲んでまたすぐにゲームをいじり出した。
私は母親が帰って来る前にお米をいつも通り4合研いて炊飯器のスイッチを入れた。

同じリビングで洗濯物を畳んでいると、颯太がトイレといってリビングを出た。
ふたりっきりになった瞬間、なんとも気まずい雰囲気で、何を話そうか考える。

「あの、ごめんね…颯太がわがままいっちゃって」
「別に、俺は構わないよ」
「そ、そう、ありがとう…」

そしてまたリビングに沈黙が走る。

だが、その瞬間リビングのドアがガチャリと開き、スーツ姿にスーパーのビニール袋を下げた母親が帰ってきた。

「あら?」

母親はリョーマに気づくと、一瞬驚いた様子を見せたが、ぱぁーっと直ぐにうっとりした笑顔になりリョーマに近寄る。
私が焦ってリョーマの紹介をしようとしたが、それより先にリョーマが少し驚いた様子でお邪魔してますと一礼し、挨拶をした。

「ども…越前リョーマです」
「まあ!最近菜々緒が悩んでた原因はリョーマくんだったのね!初めまして、菜々緒のお母さんの百合子ですーもう、早く言ってくれれば夕食のメニュー豪華にしたのに!!」
「…?」
「え、お母さん違うよ、リョーマはっ…!」

ただの知り合い、と言おうとした瞬間、今度はトイレから戻ってきた颯太が勢い良くリョーマに飛びついた。

「ママ!リョーマ今日ご飯食べてってもいいよね!?」
「あっちょっと!」
「もちろんいいに決まってるわよー!ママ今日は腕ふるっちゃう!」
「やったーーー!!リョーマご飯食べてっていいって!」
「あ、うん…よかった。百合子さん、ご馳走になります」
「きゃー百合子さんだって!お母さんでいいわ!!」

リョーマはふたりのテンションについていけないのか、少しおどけた顔をして居る。
二ノ宮家では私以外本当に明るくて、放漫で、誰とでも仲良くなるのが長所であり、私の息を超える所である。
母親はパタパタと軽快なスリッパの音を立ててキッチンへと向かって行くと、流しで手を洗いながら、鼻歌を歌いはじめる。

私はとため息をつき、母親の手伝いをするため立ち上がる。

リョーマは台風の様な二ノ宮家の洗礼を受けた直後だというのに、しれっと弟とゲームを開いて何やら楽しそうに話していた。


「お母さん、リョーマは何でもないから…」
「あら、でも家に初めて男の子が来たんだもん。私だって菜々緒のこと心配してたのよ?オシャレも恋の話もしないから、こんな機会が出来ただけで嬉しいの」
「そ、それは…」

嫁に行き遅れると遠回しで言われている気がする……。

まだ30代の若さに整った顔立ちとスタイルの良さで、時折授業参観でもてはやされ、恥ずかしくも誇らしい美人な母親である。
それだけでなく大手会社の秘書として、平日は勿論土日も関わらず仕事をこなしている根っからのキャリアウーマンなのだ。父親が海外に転勤になってからは、弟の世話と家事を出来る限り手伝い母を支えて来た。

私の様なオシャレに興味のない地味な性格で、休みの日も絵しか書かず色気のある話が一つもなかったのは確かに母心として心配になっておかしくはないと思う。


「それにリョーマくん可愛らしいし、顔も整ってるし…大きくなったら超イケメンになりそうだし、リョーマくんみたいな息子だったら嬉しいわよね〜」
「だから!リョーマは違うからっ!」


その日の母親と弟はそれぞれリョーマに好意を寄せており、止まぬ会話に私が戸惑っていた。
それでもリョーマは嫌な顔せず、夕食を食べながら質問には丁寧に返答していた。

食事が終わり、片付けをしていると弟の颯太がリョーマのテニスバッグを指さし、キラキラとした眼差しでリョーマにテニスを教えて欲しいとせがんだ。するとリョーマはあっさりと引き受けテニスバッグからラケットとボールを出し、さっさと颯太に先導され庭へと行ってしまった。

「リョーマくんもテニスやってるのね〜素敵!」
「…私は見たことないけど、うちの学校テニス部多いんだよ」
「テニスって体力使うじゃない?育ち盛りだし、これからリョーマくんにもお弁当作っちゃおうかな〜!」
「もう、冗談言わないでよね!リョーマだって食べたい物とかあるし、変なことしちゃだめ!」
「あらあら、菜々緒はしっかりしててママは安心ね」

全く、本当にこの家は私以外放漫過ぎて心配になる。
私はさっさと片付けを済まし、庭に飲み物を持って行く。

そこではリョーマが道路を挟んで立っているブロック塀に向かってて軽快に壁打ちをしている姿があった。その横では颯太が凄い凄いと興奮し、自分でも同じことを試してみるも、なかなか一所に集中した球は打てず真剣にリョーマの様子を見ては再度チャレンジをしている。私はしばらくバルコニーに腰掛けると、その様子をしばらく眺めていた。

「颯太、まだまだだね」
「リョーマ凄い!ぼくも大きくなったらリョーマみたいにすごい大人になりたい!」
「凄くはないけどね。ほら、グリップの握り方、またズレてる」
「あ、ほんとだ!」

ふと時計をみると、もう8時近くになっており二人に声をかけて部屋に戻った。
二人は先程出会ったばかりとは信じらないほど仲良くやれている。
リョーマが悪くないなら、それもいいのかななんて、私は久しぶりの賑やかな家が心地良く感じ始めた。



8時半、リョーマを玄関先で見送り、母親は笑顔でまた来てねと手を振った。リョーマは丁寧に頭を下げお礼を言うと玄関のドアを開けた。
だが、颯太はまだリョーマと離れたくないのか手を握ってなかなか離さず、駄々をこねていた。

「リョーマ、明日もくる?」
「ん…明日は試合があるから、わかんないけど」
「しあいだと会えないの?」
「…颯太、困ってるから、また来てもらえばいいでしょ?」

私が優しく諭すと、颯太は仕方なくといった様子で手をやっと離した。リョーマはその様子を見て、颯太の頭をポンポンと叩いてあやした。まるでさよならをする遠距離恋愛中のカップルの様だと、私はくすっと笑った。

「明日、試合見に来なよ…俺は出ないけど」
「みにいけばリョーマに会えるの?」
「うん、待ってる」
「じゃあ颯太行くね!やったー!」

勝手に話が進んでいる様だが、どうやら明日は試合を見に行くことになったらしい。

リョーマが玄関を出ると、私は颯太を部屋に向かわせ、急ぎリョーマを追った。
さほど離れていない所で歩いていたリョーマを呼び止めた。

「あの!ありがとう、遅くなっちゃってごめんなさい」
「別に、楽しかったし」
「…明日、本当に試合見に行っていいんですか?」
「俺は構わないけど?どっちにしても俺は試合出ないし」
「そ、そうなんだ、じゃあまた明日」
「ん…おやすみ菜々緒先輩」

そっけない様子での会話は、出会った頃と変わりないのに。
もう会いたくないとか、不思議と思わなくなっていた。
リョーマの背中をそっと見送ると、私も家に帰り、お風呂に入る。
ぼんやりしていたはずのなのに、頭の中には帰りがけに私の名前を呼ぶリョーマの顔ばかり浮かんだ。
不意の出来事だったけど、初めて家に招いた事がそれなりに嬉しかったんだと思う。


明日の試合が楽しみなのか興奮している颯太を寝かせると、私も部屋に戻って横になった。

早く明日になって欲しいって、私自身も楽しみでなかなか寝付けない。

颯太の気持ちが移っちゃったのかな…







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