5/9 金 通りがかった日




昨日は家に帰ってもなんだか落ち着かず、なんで落ち着かないのか悩んではやめ母親にとても心配されてしまった。
だが気を抜くとまた思い出してしまい、あの生意気な少年にうんうんとうなされた。

『メガネ、ない方がいいんじゃない…あと髪も降ろしてた方がダサくない』

なんでそんなことを少年…越前リョーマに言われたのか。

……そんなにダサいって、みんなに思われてるのかな。

翌日になっても、ほっといてくれればこんなに悩まなかったのに…なんて考えながら、いつも通り登校し、授業を受けた。




そしていつも通りの放課後。

図書室の鍵を開けカウンターの席につくと、バッグの中からコンタクトケースを取り出した。
悩みに悩んだ末、何となく持ってきたコンタクトレンズを慣れない手付きで装着した。
まだ誰もいない図書室を出てお手洗いに行くと、飾り気のないバレッタを外し髪を手ぐしでほどいた。

「……。」

鏡に映るのは、いつもの自分ではない。学園で知られていない私。

別に可愛くいたい・おしゃれしたいと思わないわけではなかった。
周りが中学生活に慣れ、スカートを短くし、爪やメイクを気にし出しているのを私も知っていたし、それを羨ましく思っていた。だが親しい友達も、恋愛もできない私が自分のイメージを変えるのは億劫で、何より怖くて一歩踏み出せずにいた。

今日は、少し真似してみようかな。

クラスメイトのスカートの短さには敵わないが、折り跡のないウエストを2つほど巻き上げ、普段は露出しない膝の上部がさらされる。
ただそれだけで自分も相応な女子になれた気がする。

少しドキドキして、柄にもなく鏡に向かって笑顔の練習をしてしまった。
今なら休み時間にまつげを気にして化粧直しをするクラスメイトの気持ちもわからないことはない。癖の付いた髪を少し水を付けて形を直した。


と、そこまでは良かったのだが。



「きみ何年生?初めて見る子だけど、転校して来たの?」

何故か、さっきからやたらと質問をして来る上級生の男子がおり、無作法にもカウンターを乗り上げ私の顔を覗き込んでいる。
何故こんなことになったのか、本の貸出かと思えば勝手に話しかけられていたのが始まりだった。


「なあ、名前教えてよ、君みたいな子と仲良くなりたいなー俺」
「……や、やめて」
「えー?何て言ったの?聞こえなかった、もう一回!」


男子生徒は私を知らない様だ。でも、私は彼を認識している。
月に何度かこの公共の場である図書室で、女子生徒といちゃこらいちゃこらとベタつき、クスクスと笑いながら乳繰り合っている。それを私は毎回イライラしながら耐えていたんだ!

なんて不潔な!やめてよ気持ち悪い!!
私は震えながら声を搾り出そうとするも、完全に怯えているのか目に涙が溜まり喉が熱く一言さえでない。

目から涙が溢れそうになった途端、俯く私の頭に、ポスっと何かが被さった。

「ねえ、ここ、そういう場所じゃないから」

聞き覚えのある声が聞こえた。驚いて上を向こうにも、頭をぐっと何かで押さえつけられておりそれを見ることができない。
何が起こったの?だれ?

「は?お前なんなの?」
「見てわからないの、先輩」
「…んだよ、彼氏かよ!早く言えっつーの」

何が起こっているかわからない内に誰かが男と話をしていた。
間も無く、バン!とけたたましい音を立ててドアが閉まる音がし、頭を押さえつけられていた力がふっと抜けた。
私は恐る恐る頭上を見上げ、目を丸くする。

「越前、リョーマ……さん」
「ぷっ…何その呼び方。リョーマでいいから」

助けてくれたのは、学生服に大きなテニスバックを背負った越前リョーマだった。
フルネームを思わず思い付いたことが口から零れると、慌てて敬称をつける。
呼び捨てなんて家族でしか使わない私にとっては普通のことだった。リョーマはそれが自然ではないらしい。

そんな呼び方できませんと私は顔を真っ赤にして手を振り回すと、それを見てリョーマは柔らかく笑みを浮かべ、私の頭に被せられた物をヒョイと外してみせる。おそらく彼のであろう白い帽子は、持ち主に帰るようにリョーマの頭に被さった。

「あの、どうして…?今日はあなたの当番じゃないけど」

私はふと、今日はリョーマの当番でははないことを思い出す。

「…別に、通りがかっただけ。」
「あ、ですよね…?……っ!!」

リョーマはチラリと私の顔を一瞬見たかと思えば、いきなり私のおでこにデコピンをした。
一瞬のことに私は思わず怯む。
その様子を見てリョーマはくつくつよ笑っていた。

「い、痛い!」
「ねえ、明日からはいつもと同じ、ダサい菜々緒先輩でよろしく」
「え?それ…どう言うこと!」

言葉の通り、私の頭上から上から目線で言い残し、リョーマは飄々と図書室を後にした。

本当に自由で生意気な少年である、越前リョーマ。

カウンターに取り残された私は、痛みのひかないデコピンの跡をさすり、また違う意味で頭を抱えるのであった。













「おチビ!」「越前!」

リョーマは部室へ向かうと、待ち構えていたように青学テニス部レギュラーの先輩である菊丸と桃城が走り寄ってきた。
何やらニヤニヤとにやけている様子を見て、また何かくだらないことを企んでいるのかとため息が出る。

二人はリョーマの両肩を掴むと、パンと何度か背中を叩いた。

「痛い…なんなんスか」
「とぼけるなよ〜!」
「水くさいぜ越前よお」

「「彼女がいたんだって!?」」

「…はあ?」

何時にも増して、アホなことを言っている。
勘違いも甚だしい。本当にもっとましな冗談をついてほしいものだ。
無視して進もうと足を踏み出すと、二人は肩を掴み進行を阻害している。
めんどくさ…

「おいおい、いかせねえよ!」
「ホラおチビ!噂聞いたんだからね!白状しろ〜い!」


どこから出た噂なのか、リョーマはため息を小さくついた。
だが乗り気な先輩は完全に噂を信じている様子で、いくら否定しようが信じそうにないし、そんなことで必死になって否定する手間もかけたくない。


「じゃあ、そうなんじゃないっすか」


菊丸と桃城はひゅーひゅーと口笛を吹き、なにもめでたくない自分を祝福した。
全く、本当に面倒な噂だ。
盛り上がる二人をその場に残し、リョーマは部室へとため息をつきながら向かった。








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