5/8 木 写真とメガネの日



図書室には、午後の暖かかい陽がカーテン越しに差し込んでいる。
いつもならば穏やかになるはずの私の心は焦り、これまでにないほど手に汗をかき、来るべく恥辱になかなか決まらない覚悟を決めようとしていた。

もちろん昨日は家に帰ってからも憂鬱で、今になっても少年と会うことから逃げ出したいと思っている。

そんな私がどうか来ないでと心中で唱えた時、戸が開く音とともに昨日去り際に私を辱めた図書委員の少年が当然の様に図書室に来た。無念…願い叶わず。

カウンターにある私の隣に彼がストンと座ると、私は大の苦手であるコミュニケーションに対応するため、静かに小さく唾を飲み込んで手を握りしめた。さあこい、今日の私は辱めにもきっと平常心で耐えて見せる。

「これ、デッサンしてほしい写真」
「…あ、はい…。」

そんな私なんか御構い無しと言った様子で、少年は写真をポケットから出した。
私は恐る恐る差し出された写真を受け取り、写真を見る。

か、かわいい猫ちゃん…!!!
思わず触りたくなる様なモフモフした毛、顔の周りだけ色が違い中心にはつぶらな瞳、そして極めつけにはテニスボールとじゃれているという、なんとも癒される瞬間の一枚だった。
あまりの可愛らしさに、出来たら断ろうなんて思いは何処かに吹っ飛んでしまった。


「か…かわいらしい…すごく!」
「だよね。ヒマラヤンって種で、名前はカルピン」

そう言うと、少年は優しそうに微笑んだ。

「でも…私、凄い描くの遅いんですが」
「いいよ、あんたが卒業する前までに描いてくれれば」
「そ!そこまで遅くないです!…と言うか、なんで、私なんでしょう…」
「別に…なんとなく?」

なんとなくなら美術部に頼んで!!

ちょっと納得できないが、私は図書カウンターの引き出しからクリアファイルを取り出すとその写真を丁寧に挟んだ。

「…テニス部、入られてるんですか?」
「うん、まあね」
「私の弟も、小学一年生なんですけど…テニス、始めました」
「へえ、どんな感じ?」
「…こ、この間ラケットを買いにいっしょに行って、毎日…庭で素振りをしています」
「ふーん、偉いじゃん」

いつの間にか覚悟を決められたからか、それとも私の様子など気にも留めない堂々とした少年のおかげか、今日は何時もとなくお話が出来ている。
学園に入って男子生徒とこんなに話をするなんて、一番話自分が驚いている程だ。

男の子と話をするのってこんな感じなんだ…
胸が苦しいほど緊張するいつもとは違う自分がいる。そんな事が嬉しくて、頬が自然と染まりお互いに自然な笑顔になっていた。

「……ふーん」
「え?」

突然返事がなくなったと思えば、彼は肘をついて私の顔をじっと見つめていた。
一瞬ならまだしも、目を背けてもまだ視線を感じる。

突然なんですか?お願いだから、見ないで…!
恥ずかしさのせいで一気に顔が熱を持ったのがわかった。

「っ!ちょっと…!」

その途端、ほんの一瞬の出来事だったが、彼は私のメガネを正面から摘んで外した。
何を考えているのか!やはり男子の思考はわからない!!
ド近眼の私の視界は一瞬で殆どがボヤけてしまい、慌ててメガネを取り返そうと手を伸ばすも、少年はヒョイと避ける。私の手は虚しく宙を切った。

「返して…っ!」
「ねえ、公園ではコンタクトだったの?」
「そ、そうです。目が悪いから…!」

少年はふーんと興味のない様な返事をし、開いた状態のメガネをそのまま私の正面から掛けさせた。

わたわたと私はメガネの位置を調節し、もう取られまいぞと両手でフレームの端を摘まみ、少年を警戒した。


「メガネ、ない方がいいんじゃない」
「…はい?」

素っ頓狂な声を出し一瞬で脱力した私の顔を見続け、少年はフッと小生意気に笑った。

「菜々緒先輩、眼鏡ない方がいいと思う…あと、髪も降ろしてた方がダサくない」


ダサくない?何のことを言ってるの?なんでメガネじゃないほうがいいの?
しばらく理解できないでポカンと口を開けたまま唖然としていると、少年は席を立った。

そしてじわじわと意味が分かり始めた頃には少年は図書室のドアを閉め、もう姿が見えなかった。


私、すごい恥ずかしいこと言われた気がする…!!!







そんなことがあったが、その後の図書室内は全くもって平常運転だった。

あと、今更ながら、図書委員会の資料を引っ張り出して今年の委員会名簿を探した。

水・木曜日当番の1年生は……越前リョーマ。
何とも聞いたことのある様な名前であるも、彼らしい少し生意気な名前だと思い1人納得した。
でも本当に私なんかに飽きもせず話し掛けて、デッサン頼んだりバカにしたりメガネを奪ったりとか、本当によくわからない。むしろ男の子という生き物も、中学に入りまともに話せたのは弟と父くらいだなのだ!わかるわけがない!

私はひとり、小さくため息を漏らした。


4時を過ぎ、陽が目線のほどの高さまで下がると、図書室には生徒がいなくなる。
私は椅子を整理し忘れ物の確認を行い、図書室の戸締りを行った。


これは本当に何となくなんだけど、図書委員の少年…越前リョーマがテニス部だったことを思い出し、テニスコートへ向かってみた。
テニスでは結構有名校だけあって、テニスコートには沢山の部員が練習を行っていた。
いかし、少年を探す前に一番目に付いたのは、フェンス越しに黄色い声援を送る女子だったけど。


それを見た瞬間、なんとなく興味を失って踵を返し校門を出て家に帰った。











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