5/7 水 連休明けの登校日




昨日は慣れないダッシュで家に着き、久々にプライベートで汗をかいた。
それだけなら未だしも、部屋に戻ってしばらく経ってからペンケースを公園に忘れたことに気が付き、またあの恥辱を味わった公園に恐る恐る向かうことになるとは……
しかも鉛筆とペンケースはすでになく、虚しく帰宅したのだった。


ふいにそれを思い出し、私は小さくため息を着くと図書室を開錠した。

副委員長だからと言うわけでもなく、2時間目と3時間目の中休みに図書室の鍵を開けるのが私の仕事なのだ。
30分ほどしかない中休みの図書室開放は教師の仕事であるも、私が毎日図書室に入り浸るため殆ど自然にボランティアで私が開錠することになった。

勿論、放課後の本の貸出受付・整理なども毎日私の仕事。
他の委員は週2回、放課後の図書管理をすることになっている…まあ来るのは1年生の委員くらいで、後は私が毎日いることが分かると殆どそのまま部活に行っており、図書室に顔を出すことはない。

なぜそんなにも私が委員会に精を出しているかと言うと、それを理由にクラブ活動を教師から勧められるのを断ることができるからである。

この学園で私の唯一の存在価値は、何故か行くといつも居る図書委員で…まあ殆どの人が私の名前を知らないだろうし、覚えられることもないと思う。

30分ほどの中休みは辞書を忘れた生徒が数人訪れただけで、チャイムが鳴る5分前に施錠した。


その後の授業も変わりなく、放課後にいつも通り図書室を開放した。
返却本を元の本棚に戻すと、カウンターの椅子に腰掛け、文庫本を読みながら受付業務を行う。

カウンター越しではただマニュアル通りに本を貸し出しするだけで、特にコミュニケーションを必要としない事が魅力で私はこの委員会を選んだ。


図書室では自習をする3年生、イヤホンで音楽を聴きながら本を読む2年生が数人。

そこへ1人、名前は知らないが1年生の図書委員がドアを開けた。

その様子を一目見ると、少年は特に私に注目もせずカウンターの内側、私の隣の椅子に腰掛けた。特に挨拶することもなく、私はまた文庫本に目をやる。
今日も活動時間が終われば一言も会話することなく図書室を後にするに違いない。
そして3ヶ月もたてば、私に図書委員の仕事を任せて図書室に通わなくなるであろう。
むしろそれでいい、話題も話しかける気もないし気まずいから……!


「……ねえ」
「…………。」
「…ねえってば」
「…!!わ、私ですか…?」


隣の少年が何時もの沈黙を破り、なんと私に声を掛けていた!
本を読んでいた私はびっくりして少年の顔を見上げた。

図書委員の少年はカウンターに片肘をつき、私をまっすぐ見つめていた。
今初めてまともに顔を見れたのだが、少年はとても整った顔立ちをしている。
柔らかそうな黒い髪はすこしくせがあり、大きく澄んだ黒目にスッと通った鼻筋、形が綺麗な薄い唇は微かに笑みを含んでいる。

思わずじっと見つめていたことに私は気が付き、みるみる間に顔が上気し思わず目が泳いだ。

「あ…やっぱりそうじゃん」
「な!なっ、なんのこと、でしょう…」

恥ずかしくて顔を見ることができない私は、文庫本で顔を隠した。

その瞬間、私の頭に、コツンと軽く何かが乗った。
何だ、なんなんだいきなり…!
ま、まさか変なモノだったりイジメだったりしないよね…私、図書室がなければもう学校に逃げ場がないんだよ…!!

私は顔を隠したまま数秒固まっていたが、意を決して頭に乗った物を片手で掴むと、恐る恐る自身の目で確かめる。

「落し物」

これは…昨日落とした愛用のペンケース!!

で、でもなんで図書委員の少年が!?

「公園で拾った」
「そ、そうなんですね……ありがとう、ございます」
「いきなり逃げるし、びっくりしたけど」
「……え?も、もしかして昨日、帽子を…」
「?…俺だけど」

一気に昨日吃って噛んで立ち去ったことを思い出し、グサリと胸に恥ずかしい記憶が刺さる。顔が真っ青になるのが自分でもわかった。
ペンケースが帰ってきたことに喜んでいた分、また自分に絶望する。

「あの時、メガネ掛けてなかったし髪型も違うし俺も気づかなかったけど」

はい、すみません、私ももう貴方に何回か会っているはずの図書室の番人をしている副委員長です。
そしてなるべくなら知られたくない私生活の私まできっちり知られた…私にとって、声が出ない程に動揺する事件である。

「ねえ」
「…あ、はっはい!」
「昨日あそこで何描いてたの」
「で、デッサンをしてました…あの、目の前の風景を…」
「ふーん…まあ、一瞬見たんだけどね」
「ええっ!!」

見てたんかい!

って、心の中で突っ込んだ。言えません、人にツッコミしたことありませんから。


「今度、ねこ描いてほしいんだけど」
「ね、ねこ…私にですか…?」
「明日また当番だから、写真持ってくる。」
「……え…あ、はあ…下手でいい、なら」
「ん、よろしく。菜々緒先輩」
「!?」

別に副委員長だから委員の一年生が私の名前を知っていることは特におかしなことではない、だがしかし!中学に入学して初めて…いや人生で初めて’先輩’と呼ばれたことに、嬉しいやら恥ずかしいやら感じて顔が熱くなった。
また素早く文庫本で顔を隠すと、部活動が始まる予鈴がスピーカーを通し聞こえ、少年は立ち上がってカウンターを抜けた。私はやっと抜けられる羞恥心の罠から、安堵のため息を文庫本に向かって小さくついた。

だが少年は期待を裏切り、カウンター越しに立ち止まる。

「あ、それといるんだね」
「…は、はい…?」


「中学にもなって、まだ持ち物に名前書いてる人」
「……〜っ!!!」


確かめずとも、手に握ったペンケースに、間違いなく私の名前がフルネームで書かれている。

捨て台詞に近い言葉を残すと、少年は満足したのか図書室を出て行った。


もう恥ずかしさのあまり次の日が来ないでと私は心底神様に祈った。

なんでこんな生意気な少年からデッサンの約束しちゃったんだろう……!!

YESマンならぬ、YESガールの私を、自身で呪ったのだった。










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