まだ恋に落ちないツーステップ

今日は名字さんと一緒に昼食を食べる日とあって、僕の心は浮き足立っていた。たとえ彼女にとって特別な意味を持つことではないとしても、僕にとっては至極特別なことなのだ。
思えば女の子を好きになるなんて初めてのことかもしれない。中学までは、言わずと知れた幼馴染の影響もあり、僕が無個性であったこともあり、またヒーローへの関心が僕の中の大多数を占めていたこともあり、女子と関わる機会などそうそうなかった。せいぜいが業務連絡として何か伝達事項を伝えるときくらいなものだし、その僅かな時でさえ、緊張から吃ってしまうという“ナード”具合を晒してしまっていたわけだけれど。
雄英に入ってからは、麗日さんや蛙吹さんらを初めとしたクラスメイトの女子と関わる機会が圧倒的に増え、中学の時よりは女子と言葉を交わすことに慣れてきたようにも思う。少なくとも緊張から視線を彷徨わせたり、吃ったりすることは少なくなった。
ああそれで、名字さんというのは普通科に在籍している同級生の女子だ。ひょんなことから知り合いになり、定期的に一緒に昼食を食べるような仲、いわゆる友達になった──胸中で思うことさえ照れ臭くて言い淀んでしまいそうになるけれど、つまり僕の好きな人、である。
明るい髪色や、軽く化粧の施された目を惹く顔立ちだとか、隣にいると香ってくる香水の匂い──だと思う。そういうのには疎いからよくわからないけれど、いい匂いである──だとか、ネクタイをせず第二ボタンまで開けられたブラウスに、目のやりどころに困るような短いスカートとか……僕がこれまであまり関わったことのないタイプの派手な女子。クラスメイトで近いところを挙げるのであれば芦戸さんとかになるだろうか。とにかく僕みたいに地味なオタクは、逆立ちしたって釣り合わないような、クラスの中心でみんなを盛り上げるようなギャルってやつなのだと思う。
僕が彼女と友達になった経緯を語る上で切り離せないのが、彼女の個性だろう。彼女は治癒の個性を持っていて、しかもその反動が本人にも使われた側にもまったくないのだ。言うなればチートというやつなのだと思う。あのリカバリーガールの個性でさえ使われた側に疲労感をもたらす程度であってもデメリットはあるというのに。ただ、勿体無いことに──そう思ってしまうのは僕がヒーロー志望だからなのだろうけれど──彼女はヒーローにさほど興味はないらしい。理由を問えば「痛いのが嫌いだから」だという。確かに、僕も気が遠くなるくらい痛い思いをしてはいるので、「痛いのが嫌い」だという気持ちはわかる。まあ、見た目に違わず気の強い彼女であれば、なんだかんだヒーローもできてしまうとは思う。少し話が逸れてしまったけれど、要はその個性で僕は一度怪我を治してもらったことがあるのだ。治してもらってばかりだと力をコントロールする必要性が薄れてしまいそうだから、最初の一度以降使ってもらったことはない。彼女には、見ていて痛いから早く使いこなせるようになれと言われた。その通りだと思う。
僕が彼女に恋をした経緯は──正直自分でもよくわからない。気が付いたら、好きになっていた、というか……付き合えるとかは思っていないけれど。だってあんなに人の目を惹く綺麗な子が、僕なんか好きになってくれるとは思えないし……。

「緑谷、緑谷」
「……ん?どうしたの、上鳴くん」
「お前……もしかして、カツアゲされてんの?」
「えっ?デクくんカツアゲされとるの!?」
「さ、されてないよ!?」

いつになく真剣な表情をした上鳴くんに言われたのは、完全に寝耳に水の話。カツアゲなんて物騒な、プロヒーローが教師として勤めるこの雄英においてそんな自殺行為をする生徒がいるとは思えない。いや、学校内だけの話とか限らないか?もしかしたらどこかでそう見えるようなことを僕がしてしまった可能性がある。たとえば、誰かが落としてしまったお金を拾ったシーンがたまたま上鳴くんの目にはカツアゲに見えたとか。自慢じゃないけど──というかならないけど──この地味な容姿だ、少し派手めな人にお金を渡していれば確かにカツアゲっぽく見えるかもしれない。と言っても、最近そういうことをした覚えはないからやっぱり違っていると思う。……というか。

「あの……僕もうそろそろ行かないと。人と約束してて……」
「無理すんな緑谷……!確かにあんな派手で可愛いギャルに金くれって言われたら断れねーかもしれねーけど!」
「え?………えっと、もしかして上鳴くんが言ってるのって名字さんのこと……?」
「名字さん?」
「えっと……普通科の、たぶん上鳴くんが言ってる、派手で可愛いギャルのひと……かな……」
「派手で可愛いらしいギャルの名字さんことあたしがどうしたん、緑谷」
「えっと、上鳴くんがカツアゲをされてるって勘違いを………ってぇああ名字さん!?なん、っ何でここに……?」
「よっす」
「あ、うん、よっす……?」

噂をすれば影、とはよく言ったものだ。
名字さんは他クラスであってもさほど気にせず教室に入ってきてしまうんだなと思った。新たな発見だ──ただまあ、今までの様子を鑑みれば妥当だろうか。
……というか、派手で可愛いって言ってたの聞こえてた!?上鳴くんが言い出したことではあるけれど、“派手で可愛い”から名字さんを連想したあたり僕がそう思っていることくらい名字さんにはわかるだろうし……まずい、これはすごく恥ずかしいぞ……!

「だって、緑谷がおっそいから。派手で可愛いギャルの名字ちゃんが迎えに来てやったんだから感謝しな?」
「えっ、あ、ありがとう……じゃなくて!いやあの、違うんだよ名字さん!いや違わないんだけどその、えーっと、さっきのは、」
「その話歩きながらでいい?お腹空いた」
「あ、うん、そうだね」

確かに、もう貴重な昼休みが始まってから少し時間が経っている。遅いから迎えに来た、といっているあたり名字さんは今結構お腹が空いているんだろう。名字さんは結構奔放だ。

「あのさ、名字と緑谷ってどんな関係なんだ?」
「あ、上鳴くん……」
「どんなって、友達」
「うん、友達だよ」
「え、緑谷どこで知り合ったんだよ……」
「ほ、保健室……だけど」

……何、というか。いや、上鳴くんは結構女子に声をかけるほうだというのは知っている。入学した時、クラスの女子の好きな食べ物だとかを聞いていたし、連絡先もするりと手に入れていた覚えがある。けれど……それが名字さんにも発揮されるとなると、少し複雑な気分だ。別に恋人でもないくせにこんなことを思うなんて名字さんに知られたら引かれてしまいそうだけれど、心の中で思うくらいは許容してほしい。口に出すつもりはない。というか、出せない。

「名字って食べ物だと何が好き?」
「今は照り焼きチキンが食べたい」
「今日の日替わり、確か照り焼きチキンだったよね」
「そうそう、そうだよ。朝からめっちゃ楽しみにしてたからあたし。だから早く食べたかったってのに緑谷おっそいしー」
「ご、ごめんね」
「いいけどさ。……で、えーっと、何くんだっけこいつ」
「上鳴電気な!」
「うわめちゃくちゃバチバチしてんね名前」
「(バチバチ……)」
「まー何でもいいけどさ、あたし今日は緑谷と昼メシ食べっから。今日の名字ちゃんは緑谷専用なんでそのへんよろしくね」
「………えっ」
「つーかさっさと歩けし緑谷!あたしの日替わり定食ちゃんが待ってる!」
「え、あ、……ぁあぁぁあえっと名字さん手!なんで!?」
「緑谷がおっせーからじゃん?つか慌てすぎ。超ウケんだけど」

ウケない、超ウケないです……。
いきなり手を握られたりすると女子との関わりが薄い僕は相当どぎまぎしてしまう。し、さっきの名字さんの発言も大概だった。「今日の名字ちゃんは緑谷専用」だとか、気付いていないにしたって男子に言っていい言葉ではないと思う。
……まあ、あの。それにすごく喜んで思わずニヤけそうになっている顔を必死に引き締めているがゆえに、相当不細工な顔をしているだろう僕が言えることでは、ないのかもしれないけれど。
…………ていうか、その。名字さん手ぇめちゃくちゃ柔らかい……。

「緑谷手汗やばいね」
「あ、うんごめんなさい」

……仕方ないと思う。


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