無意識が鈍感と始まらない

階段から足を踏み外す、なんてもはや慣れたものである。弁明するならば私はきちんと一歩一歩踏みしめて歩いているし、何なら手すりにも掴まっている。転ばぬ先の何とやら、私はできる限りこの個性が発動することのないよう細心の注意を払っているつもりなのだ。ただまあ、私がどれだけ注意を払って日々を過ごしていたとしても、それは内因性の原因を排除している行為に他ならないため、外因性のそれには滅法弱い。まったく回避できないとは言わないけれど、それでも回避できた回数なんて両手で数えて何とか数えられる程度しかないわけだ。
今日の私はじゃれ合いながら階段を駆け下りる男子のうち1人と肩がぶつかり、その勢いで前のめりに転びかけた。手すりを掴んでふん張ろうとした手はなぜかつるりと滑ってしまう。もうやだこのクソ個性。そんなこんなで、私は残り三段のところの階段を綺麗に飛ばし、前方から階段を登ろうとしていた生徒を巻き込んですっ転んだ。痛みはほとんどないので私は怪我をしていないと思うけれど、巻き込んでしまった生徒はどうだろう。
はーただ巻き込むだけならまだしも、見知らぬ誰かの顔をこの無駄に育ってしまった胸の下敷きにしてしまうとは申し訳ない。おそらくは転びそうになる私を咄嗟に受け止めようとしてくれたのであろうその手が、思っくそ私のスカートの中に手を突っ込む事態に陥っていることは仕方がないと受け取ろう。ああもう、何でこういう日に限ってスパッツを履けていないんだろうか。もうやだこのクソ個性。
床に手をついて身体を起こし、その生徒の安否を確かめる。どうやら男子生徒だったらしい、もさもさの髪に地味目の顔立ち。あ、何か見たことある。このひと同学年のヒーロー科だ。たぶん爆豪くんと同じクラスだった気がしないでもない。いやどうだっけ、B組だったかも……?

「……あの、大丈夫?」
「えっ、あ、は、はははい!大丈夫です!!」
「怪我とか……」
「し、し、してないです!!あっ、ええと……はい!大丈夫です!!」
「そ、そっか……」

なんかこんな反応されるの久しぶりな気がする。最近はもっぱら爆豪くんとばかりエンカウントしていたせいか、顔を真っ赤にされてテンパられるなんて反応がむしろ新鮮に思えてしまう。
さて、彼が怪我をしているにせよしていないにせよ、いい加減彼の上から退かないと。私は今どこからどう見ても押し倒している痴女である。……いや、どうだろう。彼の手、私のスカートに突っ込まれてるしな。まあ何にせよあんまり長く保っていたい体勢でもないし……。

「……な、にしてやがんだてめェこの痴女……」
「ひぇ」

噂をすれば影とか勘弁して。爆豪くんを見ると勝手に萎縮してしまうので。BOM!と爆破まで起こして、ていうか何で爆豪くんはこんないきなり爆ギレモードなの?今日まだ私何もしてないです。電車でも会わなかったし。
とりあえず彼の上から退くと、爆豪くんは私がのしかかっていた相手が誰であったのかを今になって認識したらしく、なぜか更に不機嫌になった。仲が悪いのか、爆豪くんが一方的に嫌っているんだかは知らないけど。私そろそろ帰ってもいいかな?

「デクてめェ、こんなとこで何してやがったんだ、あ゛ぁ゛?」
「えっ、いや、普通に教室に帰ろうとしてたんだけど……彼女が、転びそうだったから」
「転びそうになって何ッでいきなり廊下であんな意味わかんねえ体勢になってやがんだ!?そこの痴女のスカートん中に手ェ突っ込んでたろ!!」
「じ、事故だよ!!人を痴漢みたいに言わないでよ!!」
「事故だァ……?」

爆豪くんが私を胡乱げな顔で睨みつける。まあ爆豪くんは私の表向きの個性を知っているし、“事故”だと言われてピンと来てしまったんだろう。すごいなあその記憶力。憧れちゃうなあ(棒)

「全部個性のせいだから私悪くないよ、あと彼も悪くないから……帰っていい?」

良いわけねえだろ、と頭を掴まれる。ひぃ、ほんと何でこんな機嫌悪いんだ。誰がこんなに爆豪くんの機嫌を最下層まで貶めたんだ。私か?いや、そんなはずはない。重ね重ね言うけれど私は今日爆豪くんには会っていないし、何なら昨日だって爆豪くんに会わない平和な時間を過ごしていた。したがって、彼の機嫌の悪さは私が要因ではないと考えられる。……のに、八つ当たりなのかなこれ。爆豪くんの八つ当たりなんて爆発物処理並に危険が伴うことしたくないんだけど……。

「個性のせいならてめェのせいだろが」
「か、仮に、仮にそうだとしても、爆豪くんには関係ないよね……?」
「……」

あっ黙った。よし爆豪くんが沈黙している隙に逃げ……られない!頭掴まれてるだけなのに何でこんなに拘束力高いの、手足が自由なのに逃げられないって軽く詰んでない?ていうかやめて、めちゃくちゃ手に力入り始めた。頭ぎりぎりなってるから、アイアンクローだからこれ!

「かっちゃん、あの、その子すごい痛がって」
「うるせえ黙ってろクソカス!」
「かっちゃん?」
「ア゛ァ゛!?」

かっちゃん。え、まさか爆豪くんのこと?そんな可愛い呼び方されてるの爆豪くんって。かっちゃん?……かっちゃんって。顔に似合わなすぎて逆に似合ってる気がしてきた。まじまじと爆豪くんの顔を見ながら、彼の“まるでヴィランのようだ”とさえ称される凶悪な顔と可愛らしいあだ名の整合性について考える。はあやっぱり似合わないな、かっちゃん。ていうか彼は爆豪くんのことをかっちゃんって呼べるほどの関係なのか。一見すると真反対にも見える2人なのに意外と仲が良かったり……いや、さっきの爆豪くんの反応からして仲が良いっていうのとは考えにくいか……単純に付き合いが長いってだけか、それか彼が人をあだ名で呼ぶタイプの人間なのかな。いやでも爆豪くんにかっちゃん……。

「……ジロジロ見てんじゃねえわクソ痴女!!」
「えっ、ごめんね……?」

別にガンつけてるつもりはなかった。不良(爆豪くんはたぶん不良ではないけど)にガンつけるような勇気、私にはない。ただ、不躾に見てしまったことは事実だし謝っておく。

「あの……爆豪くん、本当にそろそろ教室に帰らせてくれないかな……」
「は?」
「ごめんなさい何でもない……」

ああそういえば、この状態で爆破起こされたら私の頭が吹っ飛んでしまう……。こんなところで命の危機とか嘘でしょ。冗談でしょ。爆豪くんが私の命を握っているとか本当軽率に散らされそうだから勘弁して。
さすがに爆豪くんがそこまでの腐れ外道だとは思わないけれど、万が一という可能性もある。何だか今日は爆豪くん、機嫌が悪いみたいだし。

「あ、頭だけ、放してくれる……?」
「あ?」
「いやっ、に、逃げようとか思ってないよ!だいたい、逃げ切れるとも思えないし……わ、私、50m走、8秒くらいだし……?」
「は?おっせえ……」

ふ、普通だし!言うほど遅くないし!そりゃ爆豪くんに比べたら遅いんだろうけれども、そんな亀を見るような目をしなくてもいいはずだ。あ、そういえば。

「……あの、君」
「えっ、僕……?」
「うん、あの……受け止めてくれてありがとう、巻き込んじゃってごめんね」
「あっ、いや……そんな、気にしないで、えっと、怪我がなくてよかっ……ヒィ!」

BOM!ともはや聞き慣れた爆破音。ええもう何なんだ爆豪くん、何がいけなかったの?

「あっ……かっちゃん、ええと、僕……も、もう行くから!ごめん!」

あああ誰だかわからないけど行ってしまった。やめて、今私と爆豪くんを2人きりにしないで。スペシャル不機嫌な爆豪くんと2人きりとか四肢と心臓がいくつあっても足りない。ていうか爆豪くんは何故私をこの場に残したんだ……。

「……てめェ、昨日もンなことしてたんじゃねえだろうな」
「き、昨日?昨日は……特に何もなかったけど」

私の個性は確かに厄介だけれど、それでも毎日猛威を振るっているわけではない。1週間のうち1日は特に何もない日があったりなかったりする。ない時もある。つまり昨日はその貴重な1日だったし、爆豪くんとも会わなかったからすこぶる平和な1日だったことはもはや言うべくもない。……これは蛇足だろうから、言わないけれど。

「デクのことは知ってたんか」
「さ、さっきの子のこと?初対面だけど……見覚えはあったかな、爆豪くんのクラスメイト?」
「知らなかったんだな」
「う、うん。えっと、……あ、そう、そういえばデクってあだ名なの?とんでもないね。本名なんていうの」
「知るか」
「嘘乙、……アッ、ごめんなさい冗談です……」

ひえぇ人1人殺せそうな目で睨まれた……もうやだ逃げたい。一瞬で捕まる未来しか見えないけど。おかしいなー私に未来予知の個性なんてなかったはずなんだけどなー。……もういい加減逃げたい……。

「おい」
「え、何……ひっ、ごめんなさいごめんなさい首絞めないで!」
「あ?マジで首絞めんぞ。……そうじゃねえよ、ネクタイ」
「ね、ネクター……?ジュース?買ってくれば許してもらえるの……?」
「そのイカれた鼓膜破裂させてやろうか」
「ごめんなさい……」

……あっ、ネクタイか。いやほんと空耳、爆豪くんに対して空耳とか自重して。やめて。
しゅるしゅると衣擦れの音がするので、解かれているのだろう。何?首絞めるの?殺される……などと思いながらビクビクしていたら普通に結ばれているだけだった。え、ほんと何なの?怖い。

「……緩んでんだよヘタクソ」
「えっ、あ、ハイ」

……む、結び直してくれたのか?何で?緩んでたから?いや言ってくれれば自分で直せたんだけど、あと別にヘタクソって言われるほど下手なつもりはないし、そもそもノータイのひとに言われたくないんですけど……。
などと言えるはずもなく。

「……あ、あり、ありがとうございます」
「次」
「はい」
「次、デクに接触しやがったら、デク共々爆破し殺してやる」
「……気をつけます……」

爆豪くんは私をひと睨みしてから踵を返し、階段を一段飛ばしで登って行った。腰パンでよく一段飛ばしできるなあ爆豪くん……。
……あ、もしかして爆豪くん、私がデクって人と接触したのが許せなかったのかも。……いや何でだろう。爆豪くんってもしかしてそういう……いや、やめよう。あまりにも冒涜的すぎて考えるのが怖いし、こういう思考を持っているだけで爆豪くんに殺されそうだ。なんかやたら鋭いし……。
もう爆豪くんめちゃくちゃ怖い。ていうか何で昨日のこと気にしてたんだろう……まあいいや、とりあえず明日は会わないといいな。


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