ラブアトミック・エモーション

※モブが出張ります


爆豪の中に、嫉妬心と称されるような感情はおおよそ存在していないと言っていい。なぜなら、彼の中では自分こそが全てにおけるナンバーワンであるからだ。格下相手に嫉妬心など湧くはずがない。故あって、爆豪は生まれてこの方、他者を妬ましく思ったことなどなかったし、今現在爆豪が抱いている感情すら、誓って、嫉妬などではないのだ。而して、爆豪にはおおよそ嫉妬心など存在していないが、ただ彼は独占欲の塊と言って過言ではなかった。自分のものに手を出されるなんて考えるだけで怖気が走る。増して初恋を拗らせて強姦に及んでしまうほどに執着している相手への独占欲など推して知るべしだろう。どう考えても我慢ならないし、手を出されたとなったらうっかり完全犯罪を考えてしまうかもしれないし、さらにうっかりそれを実行してしまうかもしれない。
まあつまり、爆豪は初恋相手の名前を一から十まで監視していたかった。管理したいと言い換えてもいい。とにかく自分の視界に置いておかないと気が済まないという点においてはどちらも変わりないからだ。中学はまだ良かった、会話などなくとも同じ場所に通っていたのだから、暇さえあれば舐め回すように見つめることができた。しかし今は高校が違うし、そうすることが叶わない。それでも爆豪にとって幸いだったのは、彼女が雄英近隣の高校に通っていたことだろうか。通学時間の40分間は大きい。彼女がもし自宅周辺の高校に通っていたとしたら、ただでさえ忙しいヒーロー科の授業が終わる頃には彼女は自宅に到着してしまっているだろうし、週に数回ある早終わりの日であっても同じことだ。下校のため電車に乗っている頃には、彼女は帰宅しているだろう。しかし現実はそうではないわけで、週に数回、爆豪はこれ見よがしに校門前で待ち伏せ待ち合わせをして、彼女の周囲の人間に自分の存在を知らしめた。
かと言って、それが万全であったとは爆豪も思っていない。思ってはいなかった。いなかった、けれども。
校門から見える名前が、自分の知らない男と一緒に昇降口から出てきたのを見て──爆豪の怒りは簡単に最高潮に達した。それにまだ気付いていない名前にとって救いだったのは、名前にとってそれが本意でないことであり、困った顔をしていたことだろうか。その表情を見た爆豪が怒りを向ける先は、その男に限定されたわけだから。これで名前が楽しそうな顔をしていでもしたら、爆豪は自室に名前を連れ込み無体を働いたに違いない。
名前は困った顔をしていたし、それで校門のほうに視線を向け、爆豪の姿をみとめてから少しほっとしたような顔をしたのもまた良かった。独占欲、征服欲、まあその辺りの感情が満たされていれば、爆豪が名前にひどいこと(性的な、と枕詞がつく)をすることはない。性的なことをしないとは言っていない。
校門端に立つ爆豪に小走り気味に駆け寄り、なぜだか隣をついてきた男子生徒を伺うように見上げた名前は小さく唇を開いて遠慮がちに言った。

「あの……わ、私、帰る、から。勝己くんと……だから、また明日」
「待って、名字さん」
「え……」

男が、名前の手首を掴んで引き止めたのを見て、爆豪は一瞬落ち着きかけた怒りが再燃するのを感じた。
誰の許可を得て名前に触れているのか。自分でさえ、その華奢な手首に触れることができたのは幼少期を除けば──自業自得とはいえ──つい1ヶ月前からだというのに。この時点で爆豪は、この男に対してあらゆる負の感情を覚えていた。彼が爆豪にとって地雷に等しい幼馴染の緑谷と、どことなく似た雰囲気だったのも悪かった。地味で大人しそうで、それでありながらも強い正義感を持っているタイプ。緑谷と違うのはその目に下心が滲んでいるところと、自分の行動こそが全て善だと信じていそうなところだろうか。まあ何にせよ、視界に入れば無条件に苛つくタイプだった。

「名字さんは、この男に脅されてるの?」
「………、え?」
「……ア゛?」

脅されているのか、と尋ねたか。強ち間違いでもねえか、と爆豪は冷静に考えた。爆豪のスマホにはいわゆるハメ撮りした写真やムービーがデータとして残っているし、名前もそれはわかっているはずだ。それをダシにしてセックスにもつれ込んだこともまあ、無いわけではない。今は使っていないけれど、データは残っている。クソみたいな話をするのであればバックアップもとってある。バックアップをとってあるというのは知らないだろうが、残っていることは多分名前も知っている。ただ最近は触れる時に怯えよりも照れが勝るようになってきたし、嫌われてはいないのだろう。爆豪が自分を貶める存在ではないのだと学んだのかもしれない。好きでもない女を強姦するなんて面倒なことをするような人間ではないとわかっているのだろう。名前は関わりが薄かったとは言っても爆豪の幼馴染で、幼稚園、小学校、中学校と爆豪と一緒だった。幼い頃には仲が良かったし、爆豪のみみっちさ……具体的に言えば、不良と称されつつも雄英に入学するために内申を気にするような性格は把握しているわけで。だからこそ、“ヒーローになるための障害となりそうなこと”を、例えば性欲処理とか、そういう理由からやらかすとはとても思えない。だから名前は、爆豪の告白を本心と受け取ることができたのだ。事実として、爆豪に名前を貶める意図なんてものは一切ない。ただただ好きなだけなのだ。若干歪んでいるとしても。
しかし、仮に──そう、仮に現在も脅していたとして。それがこの男に、何の関係があるのか、と。爆豪はやはり苛立った。

「えっと……脅されて、ないよ」
「かわいそうに……怖くて言い出せないんだね」

コイツ話全く聞く気ねえな、と爆豪は半目になって男を見た。妙な義勇──この個性主義社会においてはおそらく当然とも言えるヒーロー願望に突き動かされ、好きな女の子を悪漢から助けて、あわよくば……なんて、考えてしまっているのだろう。爆豪のマイナス感情のトップを独走している緑谷を越したとまでは言わない。この一瞬でそこまで憤怒と嫌悪を膨れ上がらせることができたのならば、とっくに彼は爆豪の個性の餌食となっている。しかしまあ気に食わないのは事実なので、爆豪は早いところ帰りたかった。

「……お前のことは知ってる。雄英の爆豪だろ」
「だから何だよ」
「体育祭のテレビ中継、見てたよ。あんなヴィランみたいな性質で、よくヒーロー目指そうなんて思えたな。お前みたいな奴、名字さんには釣り合わない」
「そうかよ。名前、帰んぞ」
「え?あ……う、うん?」
「っ話はまだ、」
「……るっせえなあ」

穏便に済ませるつもりだったのだ。傍から見て──そう、あくまで一般的視点から、自分とこの男のどちらが彼女の隣にいて“それらしい”かと聞かれればそれは、この男のほうだ。あくまで見た目的にだが、人は見た目が9割だというし。爆豪は自分の性質を正しく認識していた。先程のように言われることも少なくはなかったし、加えてこの男は名前の……まあクラスが同じかはわからないが、他校である自分よりは近しい位置にいる。腹立たしいことに。ここで爆豪がこの男に対して何かしらをやらかしたとして、周囲から何やかんや言われるのは名前のほうだろうから。他校にいる不良に脅されて付き合わされている、だとかコソコソ言われて、名前が疲弊しないとも思えないから、こそ。爆豪は何も言わず、穏便に、済ませるつもりだった。のだけれども。

「てめェに言われる筋合いはねえよなァ?俺が敵みてえな性質とか。コイツに釣り合わねえとか?だったら何だよ。てめェは赤の他人で、コイツは俺の女。関係ねえだろうが、アア?それとも何だよ、自分こそ相応しいって?馬鹿も休み休み言えやクソが」
「あの、勝己くん……」
「つーか名前もさっさと手ェ振り解けや!いつまでも帰れねえだろが!」
「あ、うん……えと、離して……もらっても、」
「振り解けっつってんだろうが」
「でも……」

気の弱い名前にそれができるとも思っていなかったけれども。しかしいい加減苛々も限界なのだ。だからてめェは一体誰の許可をとってその手首を掴んでいるんだ、と。怒鳴り出さないだけまだマシだろう。しかしその顔を見れば誰であっても怒っているのだなと察することができただろうし、名前など若干無意味にごめんなさいと謝りたい気持ちになったくらいだ。

「か、関係ならある!」
「あ?」
「俺は名字さんが好きなんだ!」
「へえ、どこが良かったんだ」
「お、奥手そうで……清純そうなところが可愛いなって、それに優しいし……入学してからずっと気になってたんだ。ぽっと出の奴とは違う」
「……清純、な」

ならば話は早い。腰を掴んで抱き寄せてやれば、名前は茹で蛸のように顔を赤くした。慣れねえなコイツも、とその反応に気分を良くした。いつまでも生娘のようなのだ、まあ処女喪失からひと月程度しか経っていないし仕方ないことなのかもしれないが。
まあ、何でもいい。こういう反応のほうが都合も良いだろう。きちんと手入れされた美味しそうな唇に、見せつけるが如くキスをした。

「……んっ!? んむっ、ふ……、〜〜ッ!」

わざとらしいリップノイズや水音を立てながら、唇の間から舌を捩じ込む。条件反射のように引っ込む名前の舌を逃さず絡め取ってやれば、びくんと肩が震えた。最初は押し退けようと爆豪の胸元に置かれていた手が、縋るようにワイシャツを掴んでくるのがいじらしくてたまらない。
外野が何だかざわついているが、爆豪からすればそんなこと知ったことじゃない。何やかんや言われるだろう名前はまあかわいそうだが。
どの程度時間が経過したのかといえば数分程度だが、それですっかり身体の力が抜けた名前は腰を抜かして爆豪に凭れかかる。
それを片手で支えつつ、もう片方の手で頭を抱き寄せ──当然だ、事後を思わせるような顔を周囲に見せてやるつもりはさらさらない──て、自覚する通り“敵のような”嘲笑を浮かべた。あまりのことに、餌を待つ魚のように口をぱくぱくと動かす男を見下して。

「奥手なのは間違っちゃいねえが、清純っつーのは間違いだ。残念だったなぁクソモブくん。……あああと何だ、入学してからずっと?ぽっと出の奴とはちげえって?ざけんなクソが、たかが数ヶ月で“ずっと”とかほざいてんじゃねえよ。こちとら10年以上コイツしか見えてねえわ。俺からすりゃぽっと出の奴はてめェだっつの」
「は?」
「俺と名前は個性出る前からの仲だっつってんだよ。わかったら失せろカス」

まあ仲が良かったのは小学校低学年までだったけれども、そんなことは言わなければわからないし個性が出る前からの仲だというのは本当だ。
呆然とした男の手から名前の手首が離れたのを見た爆豪は軽々と名前を抱き上げ、颯爽とその場を後にする。

「えっ、勝己くん下ろして、恥ずかしい……!」
「うっせえ、そもそもてめェがすっぱり迷惑だって言わねえのが悪ィんだろうが!つーか下ろしたところ歩けんのかよ?無理だろうが。おとなしく運ばれとけ」
「う……」

力が抜けた名前も危なげなく抱いている爆豪の腕は安定感があり、名前も落とされるなどとは思っていない。が、まあ街中で女の子を横抱きにしている雄英の体育祭優勝者は当たり前のように目立つので視線が集まるし、とにかく恥ずかしいわけだ。かと言って今下ろされても歩けるとは思えないし、名前は諦めて身体を預けることにした。

「……勝己くん、10年以上も私のこと好きだったの?」
「悪ィか」
「……どこが良かったの?」
「知らねえ」

すげなく返されて、まああったとしても言わないか、と苦笑する。

「けど」
「ん……?」
「てめェ以外の女に可愛いとか頭沸いたこと考えたことねえし、そもそもてめェ以外に目ぇ向けたこともねえし、……わかるだろうが」
「う、……うん」
「悪ィことしたとは思ってっけどな」
「思ってるの……」
「思うわ。俺を何だと思ってんだ」

思いの外好かれていたのだな、と名前は少し照れくさい気持ちになった。火照る頬を隠すように両手で顔を覆うけれども隠し切れてはいないだろうし、隠せていたとしてもこの行動の意味はバレているだろう。

「……あ、明日、は」
「あ?」
「ちゃんと……言い、ます。勝己くんがいるから、って」
「……おお」

先ほどまでの苛立ちなんて霧散して、爆豪は頬が緩みそうになるのを奥歯を噛んで堪えていた。
上機嫌は明日まで続くのだけれども、偶然2人を目撃していたクラスメイトの上鳴に質問責めされ揶揄われた爆豪が上鳴を爆破(弱)し、そして理不尽に緑谷を爆破(弱)することになったのは、お約束とも言えた。


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