君に捧ぐメメントモリ

・初っ端から流血描写、残酷描写がぬるいですがあります。ご注意ください。


血液がぼたぼたと音を立てて落ちるものなのだと知ったのは、ヴィランがUSJに攻め込んで来た時だった。
腹に大穴を開けて、赤々とした血液を地面に落としながらもこちらに大丈夫かと尋ねてくる女の、この状況にそぐわない穏やかで、ゾッとするほど綺麗な笑みを、きっと俺は一生忘れることはないのだろう。

自己犠牲精神というものが、俺は心底嫌いだ。
その理由の一端は間違いなく、不本意ながら幼馴染のデクにある。あいつは弱っちいくせに、平気で誰にでも手を差し伸べるような奴だ。たとえそれで自分がどうなろうが知ったこっちゃないとでも言うかのように。
ただデクには、それでも生きようとする思いはあるのだと思う。人助けの結果として自分が死んでしまっても構わない──突き詰めてしまえばそういう考えなのだろうが、まだその一歩手前で思いとどまってはいる。まあデクの内情など知りたくもないし知ったことではないので、本当のところどうかは知らないが。
──ただ、あいつは。あの時、あれだけの大怪我をしていながらも特に何事もなかったかのように笑ったあの女は。そういうものが一切ないのだと思う。生にしがみつく姿勢が見えなかった。そして自己犠牲ですらないのだ、自分を犠牲にして誰かを助けようとするのではない。誰かを助けるのは、おそらく最終的な目的を果たすための手段の1つに過ぎない。
覚えているのはあの顔だけではなかった。敵が撤退していった時、あの時俺はあの女が腹に大穴を開けていたことを思い出してあの女を見た。──が、あの女の腹はその時には既に元通りだった。破れたコスチュームから見える腹には、かすり傷の1つもない。ただあの女と、それから俺のコスチュームや肌についた、既に酸化して黒くなったおびただしい量の血液だけが、あいつが怪我をした事実を知らせていた。
そうしてあいつは、怪我など1つとしてない腹を撫でながら、注意深く耳をそばだてていなければ聞こえないような小さな声で、「また死ねなかった」と言ったのだ。
その失望したような──ともすれば絶望したともとれる平坦な声は、特に注意深く耳を傾けていたわけでもない俺の耳にするりと入り込んできて、そして未だに鼓膜に貼り付いて離れない。
察するのはあまりにも容易だったし、それに気が付いたら胸糞悪くて仕方なかった。あの時あいつは、俺を利用したのだ。俺を利用して、死のうとした。死にたければ死ねばいいとは思うが、それは俺の預かり知らぬところでというのが前提だ。俺の目の前で──選りに選ってこの俺を庇って、だ!──死のうとしたというその事実が、どうしようもなく、不愉快だった。

今日も今日とて、あいつはあの日の濁った目と平坦な声などまるでなかったかのようにクラスの連中と笑い合っている。そのくせ、一歩引いたところで連中の顔色を伺っている様子は見ていて無性に苛ついた。死のうとしているヤツが、何を周囲に気を配る必要があるのか。咽喉元までせり上がる不快感が、最近どうにも消えない。
何がこんなにムカつくのか、自分でもよくわからない……なんてことは、ない。今の俺があいつにどんな感情を抱いているか、そんなものは客観的に見れば明らかだ。嫌いなだけなら視界に入れなければ良い。同じクラスなのだから完全には無理だろうが、それでも視界に入れないようにする方法はいくらでもあるのだ。そうであるにも関わらず、俺がそれをせず、あまつさえ目で追っているような節があるというのであれば、不本意ながら──そして不愉快ながら、答えは明らかだろう。だからこそムカつくというのもあるが。
あの顔を、声を、忘れられない理由など。

「……爆豪さ」
「あ?ンだよアホ面」
「最近名字のことよく見てるよな?」
「チッ」

こういう話題に過敏かつ饒舌なアホ面に舌打ちをする。俺はこいつに対し度々(本気じゃないにしても)爆破しているというのに、よくもまあこうして話題を振れたものだ。学習能力というものが備わっていないのではないかと、いっそ憐憫さえ湧いてくる。
やっぱアレか、そういうアレなのか、と頭の悪い言い回しで色めき立っているアホ面の顔面を掴んでうるせえと言えば、アホ面は一旦は黙ったがまたすぐに喋り始めた。無駄口を叩かなければ死ぬ個性でも持っているのだろうか。

「オメーそのへんにしとけよ、爆豪キレるぜ」
「既に一回キレてんだろ」
「だってよー、爆豪のそういう話とか全っ然聞かねえし気になるじゃん?このストイック男、トレーニングにしか興味ねえような顔してっけどやっぱ男子高校生じゃねえか!」

果たして本当にそうだろうか。
世間一般の男子高校生が抱く感情に、これが当てはまるのか甚だ疑問だ。そういう感情を抱いている自覚はあるが、同時に反吐が出そうなほどの不快さも抱いているわけで。こういった話を今までしたことがないにしても、“普通に考えて”、相手に対してここまでの不快さを覚えるなんてことはないはずなのだ。

「……オイ」
「んあ?何だ爆豪、協力要請か?」
「ちげえわ死ねカス。そうじゃなくて……てめェ好きな奴のこと不快だと思ったことあるか」
「……いやごめん話が読めねえ」
「あ?もっと理解力つけろやボケが」
「多分そういう問題じゃねえと思うぜ爆豪」
「なに、爆豪はそうなの?」

明確に答えをもらわずともこれでわかる。やはり正常ならば、そういうふうに思ったりはしないのだろう。俺がそう感じる理由は、考えるまでもなく一つだけだ。そう、あいつが──まあ、いい。この件に関して、ああだこうだと考えるのは極めて不毛だ。俺が頭の中でどれだけ考えていたとしても、この不快さは消えることはない。或いは俺があの女に対して無関心になれば消えるのだろうが、今のところその兆候は一切ない。となれば、とるべき行動は自ずと明らかだろう。

「? あ、おい爆豪……」

クソテープが呼び止める声を無視して席を立ち、依然として女子どもと話しているあいつのほうに爪先を向ける。

「……あら爆豪ちゃん、どうしたの?」

カエル女がこちらに気付いて声を上げれば、話していた女子の視線が向く。中にはあいつの視線もあり、目が合った。頭に浮かぶあの笑みに、また胃がムカムカする。

「名字」
「……え、あ、私?なに、」
「ツラ貸せ」
「え……」

半ば強引に腕を掴み教室を出た。教室内はにわかに騒ついているが俺の知ったことじゃない。突然のことに困惑している名字はどうしたの、とか何か用なの、とか呼びかけてくるがそれらは全て無視して、ひとまずはひと気のない場所に移動した。俺が今からの話をなるべく聞かれたくないのが理由の三分の二、あとはこの女にとっても聞かれたくない話だろうというのが三分の一だ。気遣うわけではないが。

「……本当に、どうしたの?爆豪くん」
「てめェが死ぬほどムカつく」
「え?」

細っこい手首を掴んだままの手に力を込めても、名字が顔を歪めたりすることはなかった。我ながらそれなりに力がこもっているはずだというのに、その無反応がまた苛つく。

「クソくだらねえ理由でここにいるてめェが、心底ムカつくわ」
「……あの時、聞こえてたの?」
「うぜえほどな」
「そう。ごめんね、これからは聞こえないようにするから……って、問題でもないのかな。視界に入らないようにする……ううん、それも無理か、同じクラスだし」
「それだけじゃねえ、またああいうことがあったら自分が間に入ろうとか考えてるからだろ」
「……爆豪くんって、頭の中が読めるの?」
「そんなんじゃねえよ」

そう、そんなんじゃない。この女の頭の中が完全に読めるなら、きっと不快さが過ぎて死んでいるだろう。或いは、殺しているかもしれない。心理的にも物理的にもそれは無理なのだろうが。

「……ふざけやがって」
「ごめんね」
「悪ィと思ってねえくせに謝ってんじゃねえよ、余計ムカつくわ」
「うん、ごめん」
「てめェは、」

俺にしては珍しく、口にすることが躊躇われた。言われなくたってわかりきったことだというのに、それを言葉に出してしまえば、本当にいつかこの女が。……そうできないからああいうふうにしているのだとは、理解できるけれど。

「爆豪くんの言う通り、私はね、死んじゃいたいなって思ってるよ」
「……」
「自殺をしようと、思ったこともあるけど。どんな手を使っても結局は死ねなかったから、他殺じゃなきゃダメなのかなって。でも日常生活で死にかけることなんて滅多にないし、ヒーローになればそれが近くなるかなって、思った。まさか入学早々お腹に穴開けるくらいの攻撃を受けることになるなんて思ってなかったけど」
「……痛みとか、ねえのか」
「うん、全然。痛覚ないのかもしれないね、よくわからないけど。……死ねたらいいなーって思うし、他人を庇って死んだら美談になるかもって、下心もあるかな。実際殉職したヒーローは褒め称えられてる。……爆豪くんの言う通り、くだらない理由だよね。自覚はあるけど」

あの時と同じだ。仄暗い目。声は明るいが、楽しそうな様子は一切ない。目と声のギャップが死ぬほど不気味だった。

「死にたいから、私はヒーローになるよ。爆豪くんに何か言われる筋合いない」
「……知るか」
「え?」
「てめェの事情なんか知ったこっちゃねえっつってんだよ。俺が、何でてめェの事情鑑みて不快さに蓋してやんなきゃなんねえんだ。馬鹿も休み休み言えやクズ」
「……爆豪くん?」

訝しげにこちらを見やる名字の、掴んだままの手首を引っ張れば驚いたように目を見開いた。その間抜けな顔を見て、ひとまず溜飲を下げる。

「そんなに死にてえなら俺が殺してやる」
「……は」
「身体バラバラになるくらい爆破してやりゃ、さすがに死ねんじゃねえの」
「……殺人願望、でも……?」
「あ?ふざけんな、そんなんじゃねえよ。ヒーローになるっつうのにンなことしてられっか」
「え、だって今……」
「誰が今すぐっつったよ」

今すぐに、なんてしてやるはずがない。俺をここまで不快にさせておいて、簡単に死なせるなんてさせるはずがないのだ。少なくとも俺が不快に思った時間の数百倍、いや数千倍、こいつにはもどかしい思いをしてもらわなければ気が済まない。

「俺が死ぬ時てめェも殺してやるわ。だからせいぜいそれまで生きろ」
「……それ、は」
「ちゃんと殺せるような場所にいろ」
「なんか、……プロポーズみたいに、聞こえる」

間違ってはいない。少なくとも向こう数十年、そんな日は訪れない予定だ。ヒーローという職業は先ほどこいつが言った通り、ともすれば死ぬ可能性がある。しかし俺はそう簡単にくたばるつもりはないし、こいつだって“こう”なのだから、言うまでもない。
いつか俺に殺される日を、指折り数えて待っていれば良いのだ。その間に死ぬのが惜しくなっているかもしれないが、知ったことじゃない。

「……約束してね、爆豪くん」

──潤んだ瞳から透明な雫をこぼしながら震える声で呟くその女の、歓喜だか何かで歪んだ、お世辞にも綺麗とは言えないその顔を、きっと俺は一生忘れることはないのだろう。


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