私は世界で一番幸せになれる

・男主です


思い出したのは、希望ヶ峰学園のこと。私達が絶望の残党だってこととか、あと、愛しいあの人のこと、それから……まあ、あとは良い。
だから殺そうと思うのだ、ここにいるみなさんを殺したらあの人はきっときっと喜んでくださるから。でも死んでしまってるんだっけ。嗚呼なんて絶望なんだろう。愛しい、愛おしい絶望。あの人が教えてくれたもの。
ライブハウスで澪田さんの首を締めて、麻袋を被せた。あとは吊るすだけ。頭の中で立てた計画をひとつひとつ丁寧に実行して行く。けれどイレギュラーは突然訪れた。
かたん、と物音。ライブハウスの扉が開いて、そこにいたのは名字さんだった。

「………罪木?」

名字さんは驚いたように私を見た。私と言うよりは、私と澪田さんの死体を。それからすべてを察した様子で、少しだけ眉をひそめた。ああ、嫌われてしまうんだろう。私はそう思って少し悲しくなった。私はすべてを思い出したから。図々しくも私は、名字さんのことが好きなのだ。彼は私を許してくれたから。優しくしてくれたから。それだけじゃない気もしたけれど、理由としてはそれで十分だった。
名字さんは扉を締めて、私のところへ早足で近付いてきた。不思議と心は穏やかで。

「……もう、死んでるのか。それ、澪田か?」
「はい」
「どうして、」
「思い出したからですよぉ」
「思い出した?」
「全部……忘れていたことを、思い出したからですぅ……名字さん、だから」

私はあの人のために、みなさんを殺さなくてはいけない。誤魔化すために名字さんは邪魔になってしまった。だって目撃者がいる時点で学級裁判なんてする意味もなくなってしまうから。殺さなくては。どうせ明日には死ぬ予定だったから、同じことだ。
けれども死んでくださいという私の言葉は、名字さんに堰き止められた。

「罪木、俺を殺してくれないか?」
「……え?」
「そうだな……澪田は首吊りを装うんだっけ。ああ、そのトートバッグ持ってるってことは、あの映画見たんだろう?だったら話が早いな、見立て殺人風にするってのはどうだ?」
「何を、言って……るんですかぁ?」
「俺を殺して、そこの柱になんらかの形で磔にしてくれ。確か倉庫には壁紙があったよな。あれを柱の照明バトンに巻き付けて、俺の死体を隠してさ。誰かに澪田を発見させたあとで壁紙を回収して……そうすれば大した時間にはならないだろ?それで殺害時刻を誤認させることができるし、罪木もアリバイが作りやすくなる」
「名字さ、」

名字さんは、私が大好きだった笑顔を私に向けていた。

「罪木になら、殺されても良いよ」
「どうして……」
「俺は罪木が好きだから、構わないよ」

ああ、今の台詞を、澪田さんを殺していない時に言ってくれていたら、私は名字さんと幸せになれたのかもしれない。たとえあのひとのことを思い出していたとしても、こんな言葉はきっと、あのひとですらかけてくれなかっただろうから。もう、遅いけれど。

「……許して、くれるんですかぁ……?私は、澪田さんを、殺したのに」
「当たり前だろ、……なんて言ったら澪田には悪いけどな……俺には、罪木を許さないなんて選択肢、はなから存在しないんだからさ」
「名字、さん」

……まだ私に、笑顔を向けてくれる。私を好きだと言ってくれる。こんなことをした私を、許してくれる。私のために、私に殺されてくれる。

「……私も、名字さんが好きです」
「はは、すげー嬉しい」
「……すき、です、ずっと」
「うん。……罪木には、生きてほしいな」
「……ふゆぅ」
「でも出来れば、俺のこと、忘れないでくれな。思い出してくれとは言わないからさ」
「はい。……忘れません。絶対、忘れません」

そうして私は、名字さんを殺した。
でもなんだか、生きることにも、死ぬことにも、希望が生まれた気がして。
言われた通りに名字さんを磔にして、もう二度と拍動しないその胸に頭を預けて、少しだけ泣いた。

そして、学級裁判が始まる。
私のちょっとしたミスで、私が犯人だとバレてしまったけれど。……でも、別にそれでも良いと思ってしまった。
だって名字さんのところに行けるから。
そんな希望をもって死ぬことを、あの人は許してくれないかもしれない。でも名字さんは笑って許してくれるんだろうと思った。だって、殺されることでさえ許してくれたのだ。私に好きだと言ってくれたのだ。きっと、私を許してくれる。

ねえ、名字さん。もし次に生まれてきたら、次は私から好きだって伝えても良いですか?
そしたら、ですよ。そしたら、厚かましいお願いかもしれないんですけど、笑ってください。笑って抱き締めてくれたら私は、すごく嬉しいです。それこそ死んでもいいくらい。

だから、どうかまた、私と出会ってくださいね。


***


「……罪木?」
「……?、名字、さ……?」
「おはよう。それから、おかえり、罪木」

ぼやける視界。聴覚ははっきりしていて、名字さんがわたしを呼ぶ声が聞こえた。
ここはどこだろう。天国?でも、そんな雰囲気じゃない。そもそも私は、天国になんて逝ける人間じゃないはずだ。でも地獄にしては、少し平和すぎる気もする。

「目が覚めたんだな。良かった」
「……わた、し……」
「あれなぁ、何かバーチャルな世界での話だったんだって。狛枝じゃないけど、俺達は幸運にも目が覚めたんだ。脳死状態だったのにな。まあ、結構時間は……かかったみたいだけど」
「……バーチャル……」
「うん」
「……わたし、わたし、名字さんを」
「良いって。許すって言ったじゃんか」
「……ゆるして、くれるんですかぁ……?」
「うん」

名字さんは、笑顔だった。
あのライブハウスで笑った顔よりも少しだけ大人びていたけれど、その表情は変わらなくて。
私の目からは涙が流れてきた。
嗚呼、だけれど、言いたいことがあるのだ。

「……名字さ、ん、……わたし、名字さんがっ、す、きですぅ……っ」
「……うん。うん、俺も、罪木が好きだよ」

視界がぼやけてあまりわからないけれど、名字さんは多分笑ってくれたと思う。笑って、それから、私を抱き締めてくれた。
優しい声が鼓膜を揺らす。

「なあ、罪木」
「……?」
「結婚しよう」
「え?」
「うん、結婚しよう。罪木」
「はわ……はわわわわわ……っ!い、いいんですか?わ、私なんかで……」
「罪木が良いんだ。な、罪木。返事は?」
「……わ、わ、わっ私なんかで、よければ、その……ふゆぅ……っよろこんで……!」

ああ、私は、幸せになれる。たとえ誰が許してくれなかったとしても、名字さんが私を許してくれるから。
きっと、世界で一番、幸せになれるのだ。

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