指先に熱

・百合です
・平和な希望ヶ峰学園です


「忌村先輩」
「……名字さん……」
「調子はどうですか?もうご飯食べました?」
「いえ、……まだ……食べてないわ」
「そうですか。じゃあ、ご飯食べましょう?栄養は大事ですよ、頭働かなくなっちゃいますから」
「え、ええ、そうね……」

お弁当箱を顔のあたりまで持ち上げながら、彼女は朗らかに笑ってみせた。“超高校級の栄養士”という才能でこの学園に招かれた彼女は、栄養士らしく、三色栄養群に則ったバランスの良いお弁当を毎日作ってくる。

「じゃーん!今日は栗ご飯なんです」
「……もう秋だものね……」
「はい。栗は良いですよ〜、ちっちゃくたって栄養価が高いんです。脂質も少なめでヘルシーですし、ミネラルたっぷり!それに何より、おいしいです」
「……いい匂い……ね、」
「ふふ、ありがとうございます」

今日もまた彩良い、美味しそうなお弁当だわ。彼女は、栄養はとれるが味はそこまででもないなんて言うけれど……彼女の作った“糖分の含まれない食事”を食べたことのある私としては、十分美味しく思えた。
栄養士と薬剤師、どこか似通ったところのあるジャンルでの才能だからか、彼女は入学当初から私のところに足繁く通っている。こんなふうに口下手で、楽しい話をすることもできない私の何が良いんだか、わからないけれど。たぶん、慕ってくれているのだと思う。それは素直に嬉しいと感じる。
でも、彼女は明るくて優しいし、友達も多いと思う。こんなつまらない人間とわざわざ関わる必要なんてないくらいに。それなのにどうして毎日ここにきてくれるのかしら。私の才能が理由なのかもしれない、彼女のそれと少し似た部分のある才能だから。それならそれで自分の才能に感謝したい気持ちになるけれど……でももしもそれがないのだとしたら、一体どうしてなのかしら。だって彼女は私には、何も求めはしないのに。
彼女が食べているのを眺めながら少し考え込んでいると、ガラガラと教室の扉が開いた。こんなところに彼女以外の人が来るなんて、珍しい。流流歌かしら、でも流流歌は自分でドアを開けたりしないわよね……そんなふうに思いながら緩慢にそちらを見やれば、77期生の“超高校級の幸運”が立っていた。

「やっぱり。名字さん、ここにいたんだね」
「狛枝くん。どうしたの?」
「みんなでゲーム大会をしようって話になったから、探しに来たんだけど……忙しいかな」
「忙しいってわけじゃないけど……わかった、それじゃあご飯食べたら行くね」
「うん、わかった。みんなに伝えておくよ」

そう言って、私に軽く会釈をしたあと彼は去っていった。彼の名前、何だったかしら。彼女の口から先ほど出たばかりだというのに、もう忘れてしまっている。……でも、そう、そうよね。明るくて優しくて、友達の多い彼女なら、クラスメイトとの仲も良好だと思うわ。そうでなくとも、彼女のクラスは仲が良いようだし。私なんかといるよりも、クラスメイトといるほうが、きっと楽しいわよね。
……どうして私は、それを納得できないと、思っているのかしら。当然のことなのに。

「そういえば忌村先輩、今はどんな薬を作っているんですか?」
「え……?あ、ああ……惚れ薬、を……」
「惚れ薬?」
「正確には……恋を錯覚させる薬……吊り橋効果……のような症状を、意図的に……起こさせるの」

動悸と軽度の発熱を起こし、それから思考能力を少し低下させて恋をしたのではないかと錯覚させる薬だ。
依頼されて作っているものではあるにしても、特定個人を特定個人に惚れさせる薬なんてもの、いくら何でも作ることはできない。だから、あくまでもそれらしい薬しか作れない……クライアントの要望に100%応えることができないのは、心苦しいけれど。

「惚れ薬かあ……そういうのに頼ってでも好きになってほしい人がいるんでしょうか?」
「……そう、なんじゃないかしら……」
「うーん、よくわからないです……忌村先輩は好きな人、います?」
「好きな人……」

そう言われて、ふいに頭の中に浮かんだイメージと、目の前の彼女がリンクした。

「……あ」
「うん?」
「……あ……い、いえ、……名字、さんは?」
「私ですか?いないですね、今は。んん、だから余計わからないのかな……」
「そう……なの」

安堵感。……おかしいわ、おかしい。好きな人と言われて浮かんだのが彼女だったこと。好きな人がいないと言われて安堵したこと。それから導き出される答えなんて単純、だけれど。名字さんは同性なのに。
確かに、彼女の笑顔を眩しく思うことはあった。彼女がここへ来てくれると嬉しいと思ったし、彼女と話すのは楽しい。彼女がくるのを待ち遠しく思っていたこともある。……でもこれって、友達への感情と似たものなのではないのかしら?いえ、彼女は私の友達というわけではないけれど。……でも、彼女のクラスメイトに嫉妬するなんておかしいわ。ただの……いえ、ただのとは言い難い──好意的に思っているにしても、後輩、以外の言葉で表すことのできない存在がクラスメイトと交流していることに、一体何を嫉妬することがあるのかしら。……好きな人、だとしたら。私が彼女に……恋をしているのだとしたら、嫉妬してしまうのにも、納得がいくけれど。

「……ふう、ごちそうさまでした!」

行儀よく食後の挨拶をした彼女を見て、名残惜しい気持ちに、なる。もう行ってしまうのよね。そうよね、食べ終わったら、教室に行くって。さっき言っていたもの。……ああ、嫌。本当に、いや。自覚した途端にこれだもの。嫉妬、なんて。薄暗い感情は、持ちたいものでもないのに。

「忌村先輩、また明日も来ていいですか?」
「……ええ、いつでも、」
「ふふ。ありがとうございます!じゃあまた明日、来ますね」
「ええ……、あ。あの……名字さん、」
「はい、どうしたんですか、忌村先輩」
「な、なにか………困っていることは、ない……?」
「……困っていること」
「何でも、いいの」
「んん〜……そうですねぇ」

彼女は人差し指を頬のあたりに当てながら、視線を右上に向けて考える様相をとっている。それから思いついたように手のひらを合わせて、ふんわりと笑った。

「もう少し、ここにいる理由をくれませんか?」
「……え」
「ゲーム、誘われちゃいましたけど……でももう少しここにいたくて。お弁当は、食べ終わっちゃいましたし」
「……困って、いるの……?それは……」
「はい、困ってます。とっても」

どこか落ち着かない。柔らかな彼女の笑顔から、目を逸らしたい気持ちになる。見つめているのがとても、恥ずかしいような──それでも見ていたくて、結局ちらちらと目を逸らしたり向けたり忙しいことになってしまっているのだけれど。
理由。ここに、留まる理由。

「……も、もう……少し、私、」
「?」
「私……もう、少し。名字さんと……話が、したいの……そういうのは、ダメ、かしら……」
「……ううん、ダメじゃない、ダメじゃないです!えへへ、うれしい……ふふ、あのね、忌村先輩。私ももう少し、先輩とおはなし、したいです」

きゅう、と胸が締め付けられるような気持ち。白い頬を少し赤くして、嬉しそうに、けれど控えめに私の制服を掴む彼女。可愛らしい、と思う。
……別に、恋を叶えたいとか、そういうんじゃないのよ。でも、クラスメイトの友達より、少しだけ優先されるような……そんな存在でいられたらって、それだけ。本当はそれさえ高望みで、烏滸がましい願いなのかもしれないけれど。

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