世界は愛で満たされる

・百合です


「ねえ、セレスさん」
「……何でしょう?名前」
「私は、殺されるならセレスさんが良いです」
「あら、それはまた……何故ですの?」
「何故、と訊かれて答えられるほど明確な理由があるわけでもありませんが……」

ううん、と名前が首を傾げました。
のほほんとした雰囲気の名前は、このコロシアイに何の関心も抱いていないように思っておりましたわ。わたくしが表向き言っているように、適応しているのかとも思っていたのですけれど。この発言を聞く限りでは、どうやら少し、違うようですわね。

「漠然とそう思うんです」
「そうなんですの?」
「ええ」
「じゃあ機会があればその時は、わたくしが」
「本当ですか?ありがとうございます、セレスさん」

殺してあげますわ、なんて。
わたくしの殺人計画とは違ってきてしまうけれど、今なら計画はまだ変えられますもの。だから名前の望み通りに、殺してさしあげようと思っていました。
特に理由はないようでも、そう思うなら、と。
その程度の労力なら割いてもいいと思える程度には、わたくしは名前を、大切だと柄にもなく思っていましたから。
ランクとして表すのなら……いいえ、これはまた、別の話なのですけれど。敢えて言うとすれば……あまり好ましくはないわたくしの本当の名前を、呼ばれても怒鳴らないでいられるくらい。
けれど。

『死体が発見されました!』

わたくしの足元に横たわっているのは、名前の死体でした。
一番初めの被害者、舞園さやかさんのように、腹部を包丁でひと突きにされて。その死に顔は穏やかなものでした。けれどどうにも、それが腹立たしくて仕方がないのですわ。
せっかくわたくしが、美しく殺してさしあげようと、綿密に計画を立てていたというのに。まったくの無駄になってしまいました。
どうして死んだりしたのでしょう。わたくし以外の人間に殺されるなんて、最低の方法で。自殺ならまだ許せるかもしれませんが……ああいえ、わたくしに殺されたいのだと言っておきながら自決するだなんて、それこそ許されることではありませんわね。
それでも、それが有り得ないということを──なんとなく察してしまっていたのです。犯人はまだわからないのですけれど。ああですが、今回ばかりはわたくしが暴いてやりたいと、そんなことを思うのは、殺されたのが名前だからなのでしょうね。
あの時の、あの発言。あの時点で。名前は、このことを予感していたのかもしれません。自分が誰かに殺されることを。だからわたくしに殺されたいなんて言ったのかもしれません。
今となってはもう、何もわからりません。死人に口無しとはよく言ったものですわ。わたくしはあの時の名前の発言の意味を、推測することしかできないのですから。
でも、わたくしとしては、こう思っています。

「ねえ、名前。あなたがわたくしに殺されたかった理由は、きっとあなたがわたくしのことを好きだからですわ。そうに違いないのです」

まるでただ眠っているかのように穏やかな表情の名前。それでもその頬を撫でれば、普段の温かみなんて毛ほども感じられなくて。
名前が、ただの“物”に成り下がってしまったのだと痛感しました。
まったくおかしな話です。わたくしが愛する物は美しい物とお金だけだというのに。こんな死体を愛おしいと思ってしまうだなんて。
これが名前の死体だから、なんて、それこそ笑える話ですわ。
しかし──悪くないと、思えてしまう。
死んでも生きても、目的は生まれました。
わたくしは次辺りに、殺人計画を実行しようと思います。ここから出たいから。
それが成功すれば、わたくしは外へ出て、夢を叶えるために、また一からお金を稼ぐ日々を送ります。今まで貯めたお金は、この学園内のどこかに保存されるだろう名前の死体を、永遠に維持するために使ってあげるのです。
そして失敗すればシンプルに、名前の傍に逝くだけ。地獄の沙汰も金次第といいますし、これはどうにでもなるでしょう。

わたくしが西洋のお城を建てたら、その中でも一番綺麗な部屋を名前にさしあげます。
硝子の棺に、毎日違うお花を散りばめて、毎日違う洋服を着せてさしあげます。
硝子の棺は、広い物にしなくては。
わたくしが死んだら、名前と同じ棺に入るのです。それからはもう誰にも邪魔はさせない。

「愛してますわ、ずっと」

あなたもそうなのでしょう。
答えは聞かなくてもわかっているから、わたくしが望む言葉だけ、今度会った時に仰ってね。

嗚呼、どちらに転んでも勝ちだなんて、やはりわたくしはギャンブルの才に溢れてますわ。


***


嗚呼、やはり暴かれてしまいました。まあ、苗木くんや霧切さんを出し抜けるとは思っていなかったのですけれど。本当に、強敵だこと。
けれど、負けだなんて。嗚呼、重い言葉。
そんなわけがないのです。だってわたくしは、負けてなどいないのですから。
何故ならこの勝負は、たとえどちらに転んでもわたくしの勝ちが決まっていたのです。

「わたくしに、負けはありませんわ」
「往生際が悪い……まだ言い逃れするのか?」
「いいえ、わたくしは犯行を認めます。山田くんを殺したのはわたくしです、それは否定いたしませんわ。ですが苗木くん、わたくしが負けだという言葉は、訂正してくださる?」
「え……」

生きてもわたくしの勝ち。
死んでもわたくしの勝ち。
生きたわたくしは名前の死体を手に入れて外へ出られる。
死んだわたくしは死後の世界にて、名前に再び出会える。
ほら、どちらもわたくしの勝ちですわ。

「クロになったら負け……それは死ぬことに、絶望を感じているからでしょう?」
「セレスさんは、そうじゃないっていうの?」
「わたくしは嘘つきとしては、かなりハイエンドな方だと自負しておりますわ。自分の感情さえ騙すことができますもの。……ですが、今だけは素直に、怖い、と言っておきます」
「なら、どうして」
「怖くても、わたくしは死に絶望なんて感じていないのです。その先にあるのは希望ですわ。わたくしは死んで名前に再会するのですから。この上なく幸せなことでしょう。夢を叶えられなかったことは心残りではありますけれど……まあ来世に期待ですわね」
「名字さん、に……?」

来世ではマリー・アントワネットにでもなりましょうか。隣には名前をおいて。来世では、もう離すつもりはありませんわ。今回は手を離してしまいましたけれど。

「わたくしは、救いようのない嘘つきですけれど。ですがひとつだけ、本心を言い続けてきたことがあるのです。名前を大切だと思っていたこと、それだけは嘘偽りない本心でしたわ」

それだけは本当に、嘘ではなかったのです。
それだけは、本心だったのです。
これからもずっとそうですわ。

「さあ、モノクマさん。始めてくださる?」

そうして世界は、愛で満たされるのです。

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