入学式とフラグ回収

本日、雄英高校の入学式。お誂え向きに快晴で、また清々しい陽気である。
真新しい制服と新調したスクールバッグのおかげで世界が変わって見える──なんてことまでは言わないけれど、まあ新鮮な気分だ。おまけに入学祝いにと買ってもらったローファーを履く。ちなみに言えば本日大安。新しい靴を履くには最適な日だと言えた。

「名前、忘れ物ない?」
「ん、ないよお母さん」
「勝己くんがいるから大丈夫だと思うけど、学校まで迷わないようにね」
「入試でも迷ってないんだから大丈夫だよ……じゃあ行ってきます」

家を出ると、ウチの家の塀に寄りかかって不機嫌そうにしている勝己が視界に入る。待っていたらしい、ウチに入っていてもよかったんだけれど。

「おはよう」
「遅え」
「いつから待ってたの」
「あー……10分くらい前」
「声かけてくれればよかったのに」

当然ながら僕と同じグレーのブレザーを身に付けた勝己は、僕が出てきたのを確認するとさっさと歩き出してしまった。その隣に並び、駅までの道を歩く。ふと見た襟元に、学校指定の赤いネクタイは無い。

「……勝己ネクタイしないの」
「めんどくせえ」
「結べないの?結んであげようか」
「ナメてんのかてめェめっちゃ結べるわ!首元締まんの嫌いなんだよ知ってんだろ」
「勝己ってワイシャツと学ランの第一ボタン、絶対留めなかったもんねえ……」
「留めてたまるか」
「また妙な張り合いを……式の時くらいちゃんと結びなよ、……ていうか持ってきてんの?」
「鞄の中に入れた」
「そう、なら良いけど」

さすがに入学式からノーネクタイというのはどうかという話だ。いくら雄英の売り文句が自由な校風だからと言って、一応ヒーローを目指す人間。マナーとして式典行事の時くらいは正装でいるべきだ。……と、思う。でも思えば、勝己って中学の時の入学式卒業式でさえ、学ランのカラーを留めないどころか学ランさえいつも通り第一ボタンを開けたままにしていたような。生活態度で内申にマイナスされていたんじゃないか?今となってはわからないし、雄英の入学式を迎えた今、勝己の中学時代の内申がどうだったかなんてどうでも良い話だけれど。
さて、地下鉄を乗り継ぎ40分。雄英高校に到着した。これから毎日この距離を移動するのかと思うと若干うんざりしないでもないが、まあ仕方ないことか。そのうち慣れるだろう。
クラスは僕も勝己も同じA組。クラスに仲の良い知り合いがいるというだけで相当な安心感だ。広々としすぎている校舎内を歩き、1-Aの教室に到着する。ドアがかなり大きいのは、個性によって身体が大きかったりする人もいるからだろう。まあ僕にも勝己にも、そのあたりはあまり関係ないのだけれど。

「席決まってるのかな」
「自由席だろ」
「じゃあ隣よろしく」
「ん」

鞄を机の横にかけて席に座ると、勝己はさっそく机に足をかけた。初日から絶好調だな。……と、そんな勝己に向けて、明朗な声がかけられた。

「君!」
「あ?ンだよ」
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよてめーどこ中だ端役が!」
「ボ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「聡明〜!?くそエリートじゃねえかブッ殺し甲斐がありそだな」
「君ひどいな本当にヒーロー志望か!?」
「その意見に賛成だ」
「ア゛!?ンだコラもっぺん言ってみろ名前!」
「そのヤンキーみたいな顔やめなってヒーローになるんでしょ。今めっちゃガラ悪いよ」

いやそもそも、勝己はもともとつり目だし仏頂面……というか、不機嫌そうな顔が多いからその場にいるだけで子供に泣かれることもままあるけれど。その口調だとか浮かべる表情だとかが、まあ相当凶悪なわけで。
……というか出久来てるじゃないか。教室に入らないのだろうか?……ああまあ、勝己がいるし、確か入学式の時に彼……飯田くんに注意されていたのもあって、入りづらいのかもしれない。というか今空いてる席、二つしかないけど。一方は勝己の後ろじゃないか。前とか隣よりはマシかもしれないけれど、これは面倒なことになりそうだ、主に勝己が。
出久は教室の入り口に立ったまま、飯田くんや後から来た女子生徒と話している。勝己は……出久に気付いて機嫌が悪くなった。いつものことか。
出久のことずっと睨んでいるけれども、一体何を考えているんだか……。
そのうちチャイムが鳴るまでずっと勝己は出久を睨んだままだった。チャイムが鳴った、ということは……そろそろ担任になる先生が来る頃合だろうか。ヒーロー科の担任はプロヒーローだというし、どんなヒーローなのだろうか。人並みにミーハー心を持ち合わせている僕がにわかにわくわくしていると、教室の外から声が聞こえた。「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」、と。
おそらくその声の主だろう……寝袋に入った不審人物が、僕らの担任……ということに、なるだろうか。

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

当たっていた。見たことないけれど、担任ということは彼もプロヒーローなのだろう。
相澤先生……は、寝袋を漁り、体操着を取り出して掲げ、体操着を着てグラウンドに出ろと指示を出した。………入学式は?


***


「個性把握……テストォ!?」

グラウンドに出てまずすると言われたのが、個性把握テストだというそれ。入学式だとかガイダンスなんてものは出る必要がない……と、相澤先生は考えているようだ。さすが雄英、教師まで自由。
ヒーロー科に来てまで、『個性禁止』に縛られた体力テストをする必要はない、と。なるほど。
………それで、僕の個性って基本的に身体能力に関与してくれるものではないんだけれど。その場合ってどうするんだか。

「爆豪。中学の時ソフトボール投げ何mだった」
「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ。思いっきりな」

そもそも67mという記録自体化け物レベルだと思うんだけれども、それはどうなのか……。中学生男子の平均なんてせいぜい25mくらいだというのに。ちなみに僕は42mだった。
勝己はボールを振りかぶり──

「死ねえ!!!」

と、爆破させつつボールを投げた。
ヒーローの掛け声とは思えないな。
あのボールにはGPSだか何だかが付いているようで、わざわざ測定しに行かずともどのくらい飛んだかを検知してくれるようだ。
勝己の記録は705.2m。化け物か?

「なんだこれ!!すげー面白そう!」
「705mってマジかよ」
「個性思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

……いやだから身体能力に関与しない個性のやつはどうしたらいいのか、と。何かしら個性を使って種目をやれば良いのか?

「………。面白そう……か。ヒーローになるための三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?……よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

…………マジで?
ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈の計8種目。この中で僕の個性を発揮できそうなのは……?なんにせよ入学当日に除籍処分なんてシャレにならない、お先真っ暗だ。なんとか頭を働かせるしかなさそうだ。

「生徒の如何は先生おれたちの自由。ようこそこれが、雄英高校ヒーロー科だ」

なんて理不尽な……しかし抗議も軽くいなされ、というか論破される。つまり何とかして僕は、最下位を避けなければいけないわけだ……ってあーやっぱり。やっぱりね。勝己が「最下位になったらコロス」という目で僕を見ている。知ってる。
……頑張ろう。すごい幼馴染のすごくない幼馴染にはならないって決めたから。
で、第一種目、50m走。……要はゴールに着けばいいわけだから、うん。地面のほうに動いてもらおう。50m程度なら疲れることもないだろうし、少なくとも自分で走るよりは早く着きそうだし。
ちなみに中学の時は7秒フラット。一応そこそこ速いほうではあるんだ、勝己があまりにも速すぎるからパッとしないだけで。6秒弱って、勝己の身体能力ってどうなっているんだろうか……。

「3秒38!」

お、良かったそこそこ好成績。
うん、この調子で……頑張ろう……。

その他種目も何とかこなす。単純に運動神経だけを測定している人も中にはいたので、その辺りは安心だろうか。一応身体能力は低くないし、最下位は免れそうだ。勝己に関してはそもそも心配していない。心配があるといえば……いや、今は他人の心配をしているような場合ではないんだろうけれど、出久だ。中学の時より記録も伸びているみたいだけれど……焦っている、ように見える。

「緑谷くんはこのままだとマズいぞ……?」
「ったりめーだ無個性のザコだぞ!」
「無個性?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
「は?」
「……個性使って何かしたの?」
「ああ、彼は──……」

飯田くんが説明をしようとした時だった。
相澤先生が何かをしたらしい。長い前髪を上げて目をあらわにし、首に巻いていた布をばらばらと外すと、そこにはゴーグルがあった。出久はそれを見て、何かに気が付いたようだ。

「あのゴーグル……そうか……!抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド!!」

さすがヒーローオタクとでも言うべきなのか、僕が名前しか聞いたことのないようなヒーローの名前さえ、個性込みで覚えているのだからすごいものだ。きっと勝己が爆破したあのノートの……シリーズ?の中にも書いてあったのだろう。
相澤先生は出久に何か言ってるようだけれど……聞き取れないな。

「何言ってるんだろ……」
「除籍勧告だろ」
「何で勝己はそう……でも、出久って個性が発現したのかな?今の年齢になってから発現することなんてあるのかな……」
「あるわけねえ」
「……確かに前例はないけど」

でも出久が無個性だったのは本当だろうし、だとしたら何で個性が発現したのか……謎なところで。今の年齢になって個性が発現したのだと考えたほうがまだ納得ができるけれど。

「……あ、出久投げ……え?」

飛んだ。
相当な勢い──最初に勝己が投げたのと同じくらいの勢いで、出久の投げたボールは飛んで行った。放物線を描いて落ちるだろうそのボールの、落ちた先がわからないくらい。
見ればわかる、やっぱり今の出久には個性があるのだ。僕は……純粋に祝福したい、けれど。……というか、いや指めっちゃ腫れ上がってないか?涙目じゃん大丈夫か?あんなリスキーな個性じゃ満足にヒーローなんて……それともまだコントロールができていないだけ?

「どーいうことだワケを言えデクてめぇ!!」
「うわああ!!!」

右手から小さな爆破を起こしながら、勝己が出久のほうに駆け寄る……いや、そんな可愛らしい表現では済まない。突進する?というか。
しかし勝己が出久を爆破させる前に相澤先生により勝己は捕縛され、個性を消されていた。ただの布ではなく、それも一種の武器らしい。炭素繊維がどうとか特殊合金がどうとか……まあ素材を知ったところでどうにもならないしこの辺りはいいか。
というか先生、その個性でドライアイってもったいないにもほどがある。
…………んん、勝己に関しては……どうするべきか。僕が何か言って、どうこうなる話じゃなさそうだし……何も言わなくていいか。でもただでさえ修復できるか危ういくらい拗れていたものが、更に拗れそうな予感がする。……昔みたいに、を望むのは、もう無理かもわからないな。

そして、全種目を終えて現在。僕たちは緊張の渦にのまれていた。当然だろう、トータル最下位が除籍、なんて条件を出されているのだから。

「んじゃパパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する。ちなみに除籍はウソな」

………………は。
え、ウソ?ウソでしょ。

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

えええええ〜〜………???
僕のこの焦り何だったの。というかアレがウソだったのなら、僕、勝己に脅され損では。

「まあこれにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ」

ちなみに僕の成績はクラス7位。そこそこだった。…………何かどっと疲れた。今日は家に帰ってご飯食べてお風呂はいってすぐ寝よう。

「……勝己?教室戻るよ」
「………おう」

こりゃ本格的に参っている……というか、怒っている?普段爆発物のように(のようにというか爆発物だけれど)爆発的にキレるくせに、今は静かな怒り?とでも言うべきなのか、とにかく怖い。怒っている……とは、思う。ただまあ困惑とか、そういうのもいろいろとない交ぜになってしまっているから、わかりやすくキレるようなことをしないだけで。勝己にとって出久はずっと無個性で、何にもできないというイメージだったんだろうから。幼少期からのイメージが突然狂ったら、そりゃ呆然ともするだろう。
何もないといいけれど。

結論から先に言ってしまえば、僕のこれは間違いなくフラグだったのだろうと言える。
ただ、それは、勝己と出久の問題のみならず……僕に対することも、含まれていたわけだけれど。


***


「はあ、疲れた〜……」
「ダレてんじゃねえよあの程度で」
「いや疲れるって。何ていうか精神的に?」
「情けねえな」

勝己は、学校を出る頃には一応調子を取り戻していた。普段通りとまでは言い切れないけれど、個性把握テストが終わった時のような複雑な感情はひとまず消化できたのだろう。

「そういえば、明日ヒーロー基礎学ってあるじゃん?あれってどんなことするのかな」
「さあな。何か訓練じゃねえか」
「訓練……救助とか?」
「かもな、だとしたらだりい」
「勝己がヒーローになったら、ヴィランとの戦闘重視だろうしね」

そもそも個性自体戦闘向き、というか特化?の個性なのだ。本人もそのつもりでいるのだろう。
込み上げてくる欠伸をかみ殺し、横断歩道の信号が青になるのを待つ。調子を取り戻してはいるがどこかぼうっとしている勝己に視線を向けると、勝己ごしに、かなり勢いをつけてこちらに走ってきている人影が見えた。このままではぶつかるだろう、勝己に避けるよう声をかけようとした僕はふと、走ってくる人物が何故か手を構えているのを見て──直感めいたものを感じた。ぶつかったら何かが起こる、良いことか悪いことかはわからないけれど。
気づいたら僕は勝己を突き飛ばしていた。突き飛ばされた勝己が僕に文句を言うよりも前、走ってきた人物が僕にぶつかり──多分、構えていた手が触れた。その瞬間ぼふっ、と何かが弾けるような音がして、僕の周囲を煙が包んだ。

「……っ名前!?」

焦ったような勝己の声と、突然の大きな音と煙にざわめく周囲。かなりの勢いでぶつかられたせいで僕は尻餅をつき、さらには突然発生した煙で咳き込んでしまう。
煙が霧散してようやく周囲の様子が視認できるようになったが、おそらく周囲……いやまあ、主には勝己か。勝己も同じだったのだろう。

「オイ名前、怪我ねぇか……、は?」
「っけほ、うー……ん、怪我は多分ない……、?なんか、…………え?」
「……名前、なのか?」
「何言ってんの勝己、……? 声が変……」

僕の鼓膜を震わせるのは、耳に慣れた自分の声ではない。もっと高くて……そう、女の子、のような。
視線を巡らせる。下、のほう。映り込むのはもう慣れてしまった光景ではない。
ぶかぶかの制服、それを押し上げる胸元、細い指先、サイズの合わないスラックスや靴。どくどくとけたたましく鼓動する心臓は、果たして何によるものか。
僕の頭は、ある一つの結論を叩き出した。

「……僕、女の子になってない……?」

ウソでしょ神様。

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