君と僕の上から二番目

いきなりだが、今日は折寺中学校卒業式である。というか卒業式も終わったのだが。雄英には無事に合格しており、四月から晴れて雄英高校ヒーロー科の一員になるわけだ。僕が受かったのだから勝己も当然受かっていて、更にはなんと出久も受かったらしい。頑張ったのだなと僕は純粋に祝福したのだけれども、勝己があまりのことに死ぬほどキレたのは記憶に新しい。素直にお祝いしてやれないものだろうか。……いや、無理だろうな。そもそも勝己が出久に「すげえじゃねえかデク!おめでとう!」とか何とか言っているところを想像しただけで寒気がしてくる。考えるのはやめよう。

「名字くん!あの、第二ボタンくれないかな!?」
「ま、待って!私にちょうだい!」
「えっずるい私も欲しい!」

卒業式といえば、第二ボタンをもらうなんていう風習もある。学ランならばなおのことか。かくいう僕も、その憂き目──と言うのは女子たちに失礼だろうか──に遭っている。予感はしていた。女子には悪いけれど、諦めきっているとはいえ僕の中身はそれでも女子高生だ。一度だけ女子と付き合ったことはあるにしても、好きにはなれなかった。まあ肉体的には普通でも、精神的にはレズビアンになってしまうようなものだから仕方ないか。女子に囲まれるのは、素直に喜べないところがある。
あと、現在僕の学ランに第二ボタンは存在しないのだ。あげられるボタンがない……そう伝えると、今度は「第二ボタンじゃなくていいの!他のボタンでいいからちょうだい!」と言い出される始末。まあ、もう学ランを着る機会などないだろうからあげてしまってもいいか。彼女らはこの時のために持ってきていたのか、糸切りばさみを僕に差し出した。用意周到にも程がある。精神的に言えば同性だというのに、自分とは違うなと思ってしまった。
全てのボタンがはけたあと──袖口のボタンでさえ全てだ──で、必死そうな顔をした女の子がもう一人やってきた。申し訳ないけれど、もうあげられるものがない。ボタンはもうなくなってしまったのだと告げると、彼女は一瞬絶望したような顔になったがすぐに持ち直すと、

「じゃあ!学ランください!」

と言った。学ラン。現物。さすがに予想外のことである。断ろうとも思ったのだけれど、あまりにも必死な表情をしており、断るのも酷な気がして結局学ランまであげてしまった。その子はじんわり目に涙を浮かべてお礼を言うと、友達のところに戻っていった。
一方ワイシャツ一枚になってしまった僕だが、春先とはいえまだだいぶ肌寒い。基礎体温の高そうな勝己の横で気休め程度に温まるとしよう。

「勝己」
「名前?……学ランどうした」
「あげちゃった」
「は?」
「ボタンをさ……全部なくなっちゃった、って言ったら、じゃあ学ランください!って言われて」
「渡したのか?バカかてめェは」
「すごい必死な顔してたからつい」

一応中身は女子高生だし、勇気を出して話しかけてきただろう女の子を邪険にするのは心苦しいのだ。誰彼構わず優しくするのは逆に残酷なことだとはわかっているのだが、今日は卒業式。この中学から雄英高校に行くのが僕と勝己と出久しかいないことを考えれば、最後くらい良いかと思ってしまう自分がいるのもまた事実だった。さすがにこれ以上はあげられるものはないので、頼まれても何もあげられないけれど。まあ、写真くらいなら……。というか、勝己はどうだったのだろう。
顔が良くて成績優秀、強個性の勝己がそれなりにモテていることはわかっている。噂程度だが、勝己のことを好きだという女子がそれなりに多かったことは記憶に残っている。
僕が勝己はどうだったのかと尋ねてみると、「やるわけねえだろ」と一言。学ランのボタンは全部ついているし、欲しいと言われたが断ったのかもしれない。
……そういえば、ボタンといえば。

「ねえ勝己、これ」
「あ?……ボタン?全部なくなったんじゃねえのかよ」
「第二ボタンって本命っぽいから誰にもあげないでおこうと思って。僕はどうしてあげることもできないし、するつもりもないから。式が終わって写真撮り終わってから、すぐとったんだ」

自意識過剰だと言われるかもしれないけれど、今までこの顔のおかげでそれなりに告白はされてきた。だから卒業式の恒例イベントは起こるだろうと考えて行動したのだ。結局は予測通りだったので、僕は自意識過剰などではない。それで、何故今僕がここでボタンを取り出したのかというと。

「勝己いる?」
「……。……は?」
「ボタン」
「何で」
「自分で持っててもしょうがないし」
「俺が持っててもしゃーねえだろうがバカか」
「だよねえ」

まあ断られると思っていた。学ランがそもそもないから学ランのボタンだけ持っていても仕方ないし、上げてしまおうかと思っていたのだが。さすがに勝己もいらないか。

「……けど」
「ん?」
「もらっといてやる」
「あ、ホント?助かる。あ、じゃあ勝己のちょうだいよ。何番目でもいいから」
「あ゛あ゛!?」
「うわびっくりした……」
「てめ……てめェはよお………クソが」

何なんだ、とでも言いたげだ。呆れたように顔を手で押さえて首を左右に振る勝己……うん、こんな勝己はレアだな。
まあ自分のボタンなら持っていても仕方ないけれど、他人のボタンなら意味もあるのではないだろうか。それと、早い話雰囲気に流されて妙なテンションになっているのだ。

「お守り?っていうか。んー、これからもよろしくって意味で。どうせもう学ランなんて使わないからいいじゃん、雄英ブレザーだもん」
「チッ……」
「嫌ならいいけど」
「無くしたら殺すからな」

そう言うと勝己は自分の学ランからボタンを引き千切って(ぅゎかっきっょぃ)僕に投げてよこした。難なくそれをキャッチすると無くさないようポケットにしまう。

「ありがと。チェーンでも買って首から下げておこうかな」
「てめェマジで死ね」
「怒んないでよ」
「怒ってねえよ別に!」
「めっちゃ怒ってんじゃん?」

……いや、冷静に考えて男からもらった第二ボタンを首から下げてる男ってキツいものがある。見た目と中身の齟齬がここまで進行しているとは恐ろしい。……というか今思ってみれば、僕と勝己って中身はともかく見た目だけ言うなら普通の男同士の幼馴染なのに、その関係にしては相当アレな感じの……。……。考えるのはやめよう。気付きたくない何かに気付きそうだ。あと、さすがにチェーンに通すのは止めておこう。お守りを買ってきてそのお守りの中に入れておくか?……だけれどお守りって、開けてしまったらご利益がなくなりそうだ。もう巾着自分で作るか……。……いやいやいや、この発言がそもそもおかしい。持ち歩くこと前提なのがおかしい。家に保管しよう。

「勝己、あのさ」
「ンだよ」
「雄英、同じクラスじゃなくても今まで通り昼とか一緒で良い?」
「あ?何だ今更……今までだってそうだったんだからこれからだってそうすりゃ良いだろ、今更距離置かれてもきめえし」
「……そ、っか。うん、わかった」

まあ。確かに今更だったのかもしれない。小中学校が一緒だったから、さすがに九年間ずっと同じクラスだったわけじゃないけれど、それでも一緒に遊んだり、登下校は変わらなかったし。
……まあ。多少妙だったとしても、今更変わらないだろう、この形は。心地よくもあるし、変える必要もないのだ。

「雄英でもよろしく」
「落ちこぼれたら殺すぞ」
「物騒だなあ」

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -