君の知らない正直者

雄英入試、実技試験は無事に終了した。少なくとも俺の受けた会場では俺が一番仮想ヴィランを倒していたはずだ。他の会場の奴がどうだったかは知らないが、まあ俺より多く敵を倒した奴もいないだろう。
帰りの電車に乗り込んで、運良く空いていた座席に名前と座る。まあ今日は名前も頑張っていたようだから、ジュースの一本くらいならば奢ってやってもいいか……などと考えつつ隣に座る名前に声をかけると、なんとこの野郎、既に寝息をたててやがった。寝るの早すぎだろ、どれだけ気張ってたんだこいつ。
まあそれだけ気合を入れていたということなのだろう。俺の激励が効いたか。いつもならば叩き起こすところだが、今日くらいは許してやる。ただしジュースは無しだ。
鞄からスマホを取り出して、ババアに今電車に乗った旨と今日は夕飯を名前と食べて帰る旨を送ると、了解と簡素な返事がきた。ついでに名前の学ランのポケットからスマホを出して、おばさんに同じように送った。名前はそれなりに筆まめなほうだが今は寝ているし、起こしてまで自分で送らせることもないだろう。俺の多大なる親切心に感謝しろと言いたい。むしろ、これは俺が何か奢ってもらってもいいんじゃないか?というかこいつ、まだ暗証番号俺の誕生日にしてるのか。初期設定よか幾分かマシだが、それにしてもザル警備すぎる。そろそろ変えさせるか。
幼馴染の警戒心のなさに呆れつつポケットにスマホを戻すと、一気に手持ち無沙汰になった。帰りはこいつと何か話しながらうちの最寄駅まで行く予定だったから、その予定が一気に崩れた。クソ野郎、この俺の予定を崩そうたあいい度胸だな。やっぱなんか奢らせるか。
常識の範囲内で何を奢らせるか考えていると、名前の頭がガクンと揺れたのが視界の端に映った。そういえばこいつ、寝てる時相当船漕ぐから居眠りに向いてないんだったか。顔を横に向ければ、名前が眠っている横顔が見える。寝顔なんてそうそう見ることもないのでしばらく観察していると、ふいに名前が傾いて俺のほうに寄りかかってきた。頭がぶつからないよう手で受け止めて、仕方がないので肩を貸してやる。俺親切すぎないか。あとでジュースと、なんか菓子も数点奢らせてやろう。
気の抜けた顔で心地よさそうに眠っている名前の頭を軽くぽんと叩き、口をついた言葉は──自分で言うのもなんだが──存外素直なものだった。

「お疲れさん」

頑張れの一言さえ顔を見ると言い淀むくせに、意識のない時ばかり言えるのだから我ながら難儀なものだ。
乗り換えまであと数分。次の駅名を知らせる電光掲示板を見やりながら、乗り過ごすことのないように欠伸を噛み殺した。

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