リスキーゲームな実技試験

「あ〜緊張する……」

紆余曲折といえるほどのものはないけれど、とうとう入試当日。というか、実技試験なのだけれども。筆記のほうはさほど問題はないはずだ。この数ヶ月勝己に死ぬほど厳しく教えてもらったものが頭の中に入っていたから。……いや本当にスパルタだった。厳しすぎて少し泣いた。
それよりも、だ。実技試験。入試要項には『模擬市街地演習』と書いてあったし、どのようなことをすればいいのかも書いてあった。熟読したので暗唱できるくらいだ。
しかし、何をすればいいのかわかっていても、実際にできるかどうかとなると話は別なわけで。今の僕は大変に緊張していた。

「普段通りにやりゃいいんだよ」
「それができたらこんなに緊張してないって……ていうか、なんで勝己はそんなに平気そうなの」
「俺が落ちるわけねえからだよ」
「強気か」
「当たり前だろ」
「勝己の当たり前って万人にとっての当たり前じゃないんだよねえ……」

平然とした顔をしている勝己が羨ましい。勝己は自分が落ちることなんて一切考慮していないんだろうから、こうも自信満々でいられるのだろう。僕だとて一切自信がないとは言えないけれど、こうも堂々とはしていられない。

「つーかすごい俺のすごい幼馴染になるとか何とか言ってただろてめェ。泰然としてろやぶっ飛ばすぞ」
「……恥ずかしいこと掘り返さないでよ。……んぁ、出久だ」
「あ゛?」

前方に歩く出久を見つけた。だいぶ緊張しているようだけれど、あれ大丈夫だろうか。……というか勝己の前で出久の話は禁句だったか。まあこのままいけばどうしたって視界に入っていただろうから、僕が言わずにいても展開は同じだったかな。

「どけデク!!」
「かっちゃん!名前くんも!」
「俺の前に立つな殺すぞ」
「凶悪な顔だなあ……」
「あ゛ぁ゛!?」

鬼気迫りすぎている、というか。……でもまあ、前のように絡みにいかないだけマシなのかもしれないけれども。

「出久、おはよう」
「あ、え、あっおはよう……」
「おはよ。頑張ろうね」
「う、うぅううん!!」
「落ち着きなって……」

そんなんで大丈夫か?
あまりにも緊張して膝が笑っているレベルの出久を見て、こちらの気持ちが落ち着いてきた。自分より緊張している人を見ると、やはり落ち着くらしい。出久も、落ち着いて試験を受けられるといいけれど……。

「オイ名前!!早く来いぶっ殺すぞ!!」
「はいはい」

勝己の機嫌が悪くなった。先程よりも凶悪な顔つきになってしまった勝己に小走りで走り寄り隣に並んで「ごめん」と一言言えば、勝己は眉根を寄せて舌打ちをすると、「デクなんかと喋ってんじゃねえよ」と吐き捨てた。
苦笑しつつ見ていると「アレバクゴーじゃね?ヘドロん時の」などとヒソヒソ話す声が聞こえる。結構前の話だというのに覚えているものだ。もしかして、オールマイトが出ていたから印象的だったのだろうか?……何にせよ、勝己の機嫌が悪くなるからあまりこちらをチラチラ見るのはやめてほしいところだ。ああ、また勝己が舌打ちした。試験前にピリピリさせないで頼むから。
説明会場の講堂内の、受験番号に合った椅子に座る。右から僕、勝己、出久の順だ。しばらく待っていると、ラジオのMCも務める有名なヒーロー、プレゼント・マイクが壇上に立った。説明係なのだろう。ラジオのノリと同じように話し始めるけれども、本日は入試。コール&レスポンスが成り立つはずもなく、プレゼント・マイクのコールには、しぃん……と耳に痛いほどの沈黙が返った。
……というか。

「……プレゼント・マイクうるさ……」

ボイスヒーロー、さすがの声量だ。
入試要項にも書かれていた『模擬市街地演習』。同じ学校で、受験番号が連番の僕たち3人はそれぞれ違う会場で試験が行われるらしい。

同校ダチ同士で協力させねえってことか」
「ホ、ホントだ……受験番号連番なのに会場違うね」
「見んな殺すぞ。……てめェを潰せねえじゃねえか」
「ヒーロー志望の人間の発言とは思えないよ」
「うるせえ。名前は会場どこだよ」
「当然のように別々」
「チッ」

ひらひらと紙を揺らしながら勝己に答えると、勝己は不快そうに舌打ちした。仕方ないだろうに。
で、だ。
まあ演習に関しては、要は演習会場にいる、難易度に応じてポイントの違う三種の仮想ヴィランを個性を使って行動不能にしてポイントを稼ぐというのが受験者の目的ということになる。
で、眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒が質問をしたことで明らかになったもう一体の仮想敵……0ポイントのお邪魔虫。それは倒してもポイントにはならない、と。
……改めて聞いてもこれは、勝己向きだな。僕もそれなりに身体を鍛えてはいるけれど、上手く立ち回れるものかな。敵がどんな動きをするかもわからないから不確定不安が残る。……やるしか無いんだけれども。こういう時ばかりは、男子って得だなと思う。個性の発現とともに男女差とかは徐々に薄れつつあるけれど、大抵スタミナやら何やらはやはり男子のほうがあるわけだし。まあ男でよかったとは思ったことないけれど。……話逸れたな。閑話休題。
いよいよ会場を移動するとなった時に、勝己に軽く頭を叩かれた。なんだと思ってそちらを見てみれば、何か言いたそうにこちらを見ていた。

「……何?」
「一回しか言わねえからな」
「うん……?」
「……が、……っがん……っだあああああクソ!名前てめェ!しっかりやらねえとマジでぶっ殺すからな頑張れよクソが!!」
「うわっ」

照れ隠しか何だか知らないけれど、結構な強さで肩パンされたせいでとても痛い。…………なんて素直じゃない幼馴染だろうか。
しかしまあ、素直じゃない勝己の激励は十分に伝わった。俄然やる気も出てきたし、頑張ろう。


***


「うわー、敷地内なのになんか街みたいだ。さすが雄英っていうのかな……」

見上げるほどのビルが立ち並ぶ、本当に市街地のようなものがそこにあった。これが演習場で、しかもいくつもあるのだというのだから、“国立雄英高等学校”の規模の大きさを感じる。まあ雄英のヒーロー科、なんて日本中のヒーロー志望の子達が憧れる場所だし、一般入試の合格者枠はだいたい35枠かそのくらいで、それをこの大人数で取り合うっていうんだから……なんというか。受験料をがっぽりせしめていそうだというか?そもそもが国立で金を持っているのにさらにだから、この設備の良さも頷けるというものだ。
そうしてプレゼント・マイクの「スタート」の声とともに走り出す。……周りが走り出さないので一瞬僕の足も止まりかけたが、スタートと言われているし問題はないはずだ。少しして周囲も走り出す。けれどスタートダッシュは成功した。見つけた仮想敵は、どう見ても金属。要項を読んだ時も思ったけれど、実技試験が対人じゃない無機物で良かった。動作も割と単調だ。動く物を認識して撃ってくる感じか?3ポイントでこれならまあ、楽勝かな。気負って損したかもしれない。
とりあえずコンクリートの地面に手を当てて壁を作って砲弾を交わし、そこから近付いて敵に触れれば、僕の場合はそれで終わりだ。
ただの鉄の塊に成り下がった敵は、そのまま動きを止める。

「良かった、やっぱりただの金属か」

これならいけそう。僕にとっては、仮想敵もただの鉄屑同然だ。
説明がいるかどうかはわからないけれど、僕の個性は『錬金術』と似たようなものだ。便宜上そう呼んでいるだけで、実際僕に錬金術がなんだとかそういう知識はないのだけれど。わかりやすく説明すると、前世において大人気だった某錬金術師の漫画。できることは大概あれと同じである。コンクリートの地面からはコンクリートの壁が作れるし、鉄からは鉄製の何かが作れる。要は敵に僕がしていることといえば、敵を他の何かに変容させる中間地点で止めている、というだけ。ただの鉄の塊なら動かないし。行動不能にするというなら、それで十分なはずだ。無駄に体力を使うこともなく、何を作るか考えて無駄に脳を働かせる必要だってない。しかしこの個性、対人だとあまり使えない。生き物を他の何かに変えることはできないから、だから純粋な戦闘能力が物を言うわけだし。対物ならこうして無双ができるから、今はそれで良いにしても。……そういえば僕の個性って、勝己の個性との相性がすこぶる悪い。勝己の爆破を防げるものなんて金属系くらいじゃないか?その辺りに金属がごろごろ転がっているはずがないし。……持ち歩けないかな。
まあ、今は勝己のことは良いか。実技試験に集中するとして。ただひたすら敵に触る。そこまで大掛かりなこともしていないから疲労感も少ないしまだまだいけそうだ。というかこれ、1ポイントを多く狩るのと3ポイントを確実に仕留めるのとならどっちのほうが得なんだろう……。残り時間は……アナウンスによれば残り5分か。まだまだポイントは稼げそうだ。

「あ、そういえば……」

ポイント数を数えていないことを思い出し、若干焦る。どの敵を何体くらい倒したのだろうか。……いや、覚えていないものだな。
………。……まあ、たくさん倒せば問題ないか。
若干セコいとわかっていつつ、他の受験者に狙いを定めている敵の背後に回り触れていく。獲物を横取りしているみたいであまり気分は良くないのだけれど、勝己の激励を無駄にしないためだ。許してほしい。
さて、残りはどのくらいいるだろう。……というか0ポイントのお邪魔虫って、どのタイミングで出てくるんだ?もう他の受験者は、遭遇していたり──

轟音。

突如として響き渡るそれに振り返ると、聳え立つビルよりもだいぶ大きな機械が、こちらにのそのそと近づいてきていた。
……ああ、これがお邪魔虫か……ていうか……。

「いや、これ……シャレにならない大きさなんだけど……!」

あれに踏み潰されたら一瞬でお陀仏だ、死ねる。
……いやでも、どうだろうか。このサイズの物でも行動不能にできたりするだろうか。自分の個性の限界値がわからない身としては──この敵って、だいぶお誂え向きなんじゃないだろうか?
だって、これが何かに変わっても、何にも変わらなくても、困る人なんていないわけで。
そう思うと好奇心がむくむくと湧き出してきて、僕は恐怖心を……忘れることはできなかったけれどひとまず置いといて、敵のほうへと走った。好奇心は猫をも殺すとはいうけれど、さすがに入学試験で死んだりはしない、はずだ!
その辺に転がる瓦礫や行動不能に陥っている敵を踏み台に、なんとか敵の被害を受けにくそうな場所に飛び移る。この数ヶ月、鍛えておいてよかった……。
いっちょかっこ良くやってやろう、と両手をパァンと合わせて、敵に触れる。あ、何に変えるか全然考えてなかった。……まあ良いや、適当に。
バチッ、と何かが弾ける音がした後に。質感の変わったそれから飛び降り、着地をする。じいんと痛む足、それから……うん、目眩がする。さすがにこの大きさは無理があったか。

「……いやでもまあ、我ながら、なかなかの出来じゃない……?」

見上げたそこには、割と精巧にできたオールマイトの銅像……いや銅ではないから、鉄像?がある。超大作だ、出久なら興奮して褒めてくれるだろう。これを撤去するのは雄英高校の教員達なのだろうけれど。この大きさの鉄の塊を処理するのって結構大変なんじゃないか?なんて思って申し訳ない気持ちになったが、心の中で謝っておくだけに留めておく。後悔はしていない……けれども。

「さ、すがに、きっつ……」

べたん、とその場に尻餅をついたところで。

《終っ了〜〜!!!!》

と、プレゼント・マイクの声が高らかに響き渡った。思えばこれ完全に無駄な時間を過ごしたな、実技試験としては。僕としては、ある程度の目安は知れたから有意義だったけれど。
しかし、そこそこポイントは取れた気がするのだが、実際はどうだか。これで落ちていたら勝己になんて言い訳しよう。というか、本当に疲れた。これ帰りの電車、絶対に寝る。自信がある。
体育着から再び学ランに着替え、勝己と落ち合う。あとは結果を待つのみ。届くのはだいたい一週間後だったか、それまで緊張感を持って過ごすのはなかなか疲れそうだとうんざりする。

「オイどうだったんだてめェ」
「ん〜そこそこ……25体……?かな、そのくらいは倒したと思うんだけど」
「んでそんな曖昧なんだよ」
「何体倒したか数えてなかったんだよね、片っ端から鉄屑にしてったから。ポイント数もわかんないや!」
「てめェホントとんでもねえグズだな」
「ひどくない?疲れてんだから労ってよ……」
「うっせえ俺も疲れてんだぞ」
「元気じゃん?」

少なくとも、僕よりは遥かに元気そうだ。今の僕は割と己の限界に挑戦したためか、疲労感がひどいし何より壮絶に眠い。半ば動くのをやめそうな脳味噌を懸命に動かして、勝己との会話を続けているけれど。電車に乗ったら確実に寝てしまうだろうな。許せ勝己。

「勝己はどうだったの」
「完璧に受かったわボケが」
「まだ通知来てないのに言い切っちゃうとか……さすが勝己」
「落ちたら殺すからな」
「もう言っても意味なくない?」
「落ちてたら殺すっつってんだよ」
「怖いよ、もっと優しくして」
「きめえこと言ってんじゃねえよ」
「はいはい」

個性を思う存分使った高揚感だろうか。勝己は今、割と機嫌が良いらしい。あまりがなりたてることもなく、比較的穏やかに会話が進む。……うん、比較的に。

「……向こう着いたらメシ食い行くか」
「うん。奢ってよ勝己」
「ざけんなカス」

機嫌が良くても奢ってはくれないらしかった。

「冗談。何食べたい?」
「なんか辛ェもん」
「え〜?じゃあいつものとこでいっか……」
「無料狙いかよ……」
「だって食べきったら会計無料だったら行くしかないじゃんか。勝己あのくらいの辛さなら余裕で食べきれるんだし」
「へーへー」
「でもそのうち出禁にされそうなんだよねぇ」
「毎回タダ飯食ってりゃそりゃそうなんだろ」
「まあいっか、まだ出禁になってないし」

激辛料理を完食したら賞金だとか、無料だとか、そういうものをやっている店には大抵足を運んでしまう。もちろん、勝己とだけれど。勝己は辛いもの全般が大好きだから、そういうものでもペロリと何でもないことのように平らげてしまうのだ。ちなみに、僕は辛いものは食べられない。そういえばこの間、辛味は味覚ではなく痛覚だと知った時、「辛いものが好きってことは痛いのが好きってことだよね、勝己マゾなの?」と言ったら本当に何年ぶりかわからないけれど本気で殴られたことを思い出す。まあ、あまり触れられたくない話題だし。わかる。
そうして無事に電車に乗り込み、そして幸運にも座ることができたので──僕は座った途端、糸が切れるように寝た。いや本当にごめん勝己、電車から降りるまで無言の時間を過ごさせてしまうけれど、許してね。

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