スタートライン、名字の。

「お前怪我は」

勝己が僕にかけた第一声がそれだった。怪我なんてもの一切ない。だって、何もしていないんだから。というか、それは僕の台詞だ。ヴィランの前に飛び出してって、怪我はほとんどないし、オールマイトが助けてくれたから何事もなかったけれど、今日死にかけてたし。……何でこう勝己って……いや、敵が現れて大人しくしてる勝己なんて勝己じゃないけれど。
言いたいことはたくさんある。でも何だかそのどれも出てこなくて、それどころか何一つ言葉として発することができなくて、辛うじてできたことといえば勝己の問いかけに首を振ることだけだ。
普段は口がよく回ると自負しているし、長年一緒の勝己だってたぶんそれは知っている。そのよく口が回る僕が何も言わないことを、勝己は訝しく思ったのだろう。「どうした」と目を眇めた。
……どうもこうも。そう、言いたいことはたくさん、ある。いくらでも言いたい。でも、今はまとまらないのだ。何だかいろいろなことがあったから疲れているし、勝己には……まああれとして、自分への苛立ちをそのまま勝己に伝えそうで、口をついて出る言葉が攻撃的なものになってしまいそうな気もするし。だから。

「……あとで、」
「は?」
「あとで言う」
「はあ……?」
「あとで言うから」

だから今は、頼むからほっといてほしかった。


***


警察の話も聞き終わり、着替えて教室に帰ってから事情徴収の運びとなった。とはいえそこまで大したことを聞かれることもなく、それを終えたら今日はもう帰宅だ。明日は、臨時休校である。まあそりゃそうか、敵が攻め込んできたのだし。
相澤先生や13号先生も、大怪我はしたが命に別状はないらしい。オールマイトと出久は保健室で間に合う程度。勝己もそうだけれど、出久にも今日はヒヤヒヤさせられた。無茶をする幼馴染だと思う。
僕はといえば──大体、頭は冷えた。

「……で?」

勝己って僕のことよく見てるなあ。偶然かもしれないけれど、ある程度冷静になったタイミングで聞こうとするなんて。まあ、もともと観察眼には優れてる奴だし、何より幼馴染だっていうことで大して驚きはない。

「勝己がさ」
「ああ」
「飛び出していかないわけないっていうのは、わかってるんだよね」

さっきも思ったけれど、敵が現れて大人しくしている勝己なんて勝己じゃない。間違いなく偽物だと思うし、或いはなんらかの個性にかかったとも思うかもしれない。戦意後退的な。だから、それについてはもう何を言っても無駄だと、思うけれど。

「昔……小1の時、だっけ。勝己が高学年と喧嘩した時あったじゃん」
「……ああ?」
「あったんだよ。勝ってたけど。……真正面から戦って、勝ってたよ」

勝己は殴られて怪我をしたし、何なら涙目だったけれど。ただそれでも、勝ったのは勝己のほうで、負け惜しみを言ってマジ泣きしながら去って行ったのは高学年のほうだった。僕はあの時既に前世の記憶があったから、小学生に対して恐怖心を抱くようなことはなかった。大人を呼んできたほうが早くないかとも思ったけれど、そうする間も無く勝己は勝ってしまったわけだ。……あの時から、僕は勝己が敵前逃亡することを絶対に許さないことを知っていた。

「中学の時の、ヘドロも」
「やめろ」
「僕、テレビでもあれ、見なかったから。敵がどんなだったかも、勝己がその時どんなだったかも聞いたことしか知らない。見たのは最高に不機嫌そうな顔した勝己がヒーローに賞賛されてるとこだけ」

あれを見て、僕は勝己に何か一つでも勝てると思いたい、なんて考えたんだっけ。我ながら目標点が低いけれど。──ただそれだけ僕にとって、勝己はすごい存在だった。

「……あのね、勝己。僕は別に……勝己が、敵に向かっていくことを咎めるつもりとかは、これっぽっちもないんだよ」
「………」
「それが、勝己の当たり前だって、わかってる。……だけど、ごめんね。僕、結構怖かったんだ」
「……怖ぇって」
「勝己が怪我……どころか、死ぬ可能性だって、あったでしょ。僕の個性じゃ助けられないから。勝己は助けなんか必要としてないだろうけど……僕も、がんばるよ。ヒーローになる以上、がんばらなきゃって思う。……でも僕じゃ勝己が死にかけた時、助けてあげられないから。……ごめん、それがすごく僕は、怖い」

だって、今更だ。生まれてから15年強、物心ついてから、1年通して顔を合わせない日を探すほうが難しいくらい一緒にいる幼馴染。前だってこんなに長く人生に関わって来た人はいなかったから、勝己は僕にとってある種両親以上に尊く、得難いものなのだと思う。
その勝己を失うなんてもう今更考えられないし、考えたくもない。

「……だから、お願いだから、さ。無茶してもいいけど、無理はしないでよ。……今更、いなくなったりしないで。僕はたぶん、何より……たとえば自分が死んじゃうことより、勝己が死んじゃうことのほうが怖いよ」
「……バッカじゃねえのか、てめェは」

って、言われるだろうなって思ってた。馬鹿だと自分でも思う。どれだけ勝己に執着してるんだって思う。……でももう、仕方ないのだ、これは。

「俺はそう簡単にやられねえよ」
「……うん」
「だから、……あー……シケた面してんじゃねえっつの。らしくねえんだよ」
「うん……」
「死なねえよ。そう簡単にくたばってたまるか、俺はトップヒーローになる男だぞ。……だからてめェはいつも通り気の抜けた面して、そこにいりゃいいんだよ」
「……はは、頼もしー……」

……あーあ。頼もしくてかっこいいね全く。それに比べて自分が情けなくて嫌になる。……そうだよ、勝己がトップヒーローになるなら、僕はその幼馴染なんだから。自分で言ったんだ、すごい勝己の幼馴染である僕がすごくないっていうのは恥ずかしいから、って。……大丈夫、ここから始められる。

「はー……安心したらなんかお腹すいてきちゃった。勝己、ご飯食べ行こうよ。美味しそうなお店見つけたんだよね」
「またタダ飯かよ」
「いーじゃん、この間買い物でお金使ったばっかだからあんま使いたくないんだって。ほらほら行こうよー」
「やめろや!押すんじゃねえ!」

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