回帰願望が顔を出す

「嫌な予感がしてね……校長のお話を振り切りやって来たよ。来る途中で飯田少年とすれ違って、何が起きているかあらまし聞いた」

幸運、だったと言えるのかもしれない。オールマイトがこちらに向かって来てくれていたことで、おそらくは飯田くんが校舎に着くよりも早くオールマイトがここに来られた。平和の象徴と呼ばれるNo. 1ヒーローの背中はいっそ恐ろしいほど頼もしく見える。
不安が大きかったのだろう、僕だって同じだ。けれど一気に安堵感が訪れたからか、芦戸さんや麗日さんはぼろぼろと涙をこぼしている。……僕も少し涙が出そうになったけれど、それを零すことだけは何とか堪えた。
オールマイトは、目にも留まらぬスピードで数人のヴィランを気絶させ、相澤先生と出久達を抱えて、脳剥き出しの大男と手の模型をくっつけた敵の遠くに移動する。目で追えない程のスピードだった。
下で何を話しているかは聞こえないけれど、オールマイトは相澤先生を出久と峰田くんに預けて敵と交戦に行った。声よりも殴った音のほうが大きく聞こえてくるし、バックドロップなんてもう爆発みたいな衝撃だ。さすがとしか言えない。

「すげえ!!奴らオールマイトをナメすぎだぜ!!」

確かに、そうだ。ナメている。平和の象徴と呼ばれるヒーローを、人数ばかり多い有象無象でどうにかできるはずもないし、たとえ1人強い奴を連れて来たところで、そいつがオールマイトほどの力を持っているなんて……限らない、だろうか。本当に?いや──だって、あのオールマイトだ。勝己が、出久が、ずぅっと昔から憧れてきた最高のヒーローに。敵う奴なんている?
まさか、そんな──

「……出久……?何してんのあいつ……」

ふと視線を出久達のほうに向けると、出久が相澤先生を担ぐ役目を蛙吹さんと代わっていた。何をしているのかと見ていれば、出久は何故か、オールマイトのほうに走っている。

「ばっ……出久!!」

出久の目の前に靄が現れる。あと少しで飲み込まれる、という時。──僕は今度こそ、安堵でその場にへたり込んだ。我ながら情けないし単純だ、勝己の姿が見えるだけで不安感が失せるなんて。
今までどこにいたのかもわからないし、もしも万が一があったら──勝己に限ってそれはないとわかっていても──を考えて、気が気じゃなかったし。勝己が靄の敵を押さえ込んだことで、出久が死ぬかもという恐怖心が払拭されたのもある。ていうか勝己が抑え込めたということは、やはり物理無効ではなかったらしい。弱点を暴いたことで今頃勝己は死ぬほど愉快そうな顔をしているに違いない。
いつの間にか勝己だけじゃない、轟くんと切島くんまで加勢に来ていた。無事だったらしい。
轟くんの個性で凍らされた脳剥き出しの奴からオールマイトは素早く距離を取る。……ああでもしないといけなかった、ってこと、だろうか。でも確かにあいつ、オールマイトに何発か殴られたりしてるはずなのに応えた様子がない。……さっきチラッと思ったけれど……倒す自信があるから、やっぱりこんなことしているのだろうか。

「……は?おい、ちょっとあれ……」
「ウッソだろ、凍ってんのに動いてるぜ!?」
「腕も足ももげて……や、再生……してる?」

脳剥き出しの奴は、轟くんに凍らされたにも関わらず、氷なんてまるで気にせず動いている。もちろん無理に動かしたせいで凍らされた箇所はボロボロに崩れて四肢の半分を失っているのに、痛みなんて一切感じていないように立ち上がった。かと思えば、無くなった腕と足はすぐに再生されている。──これも個性、なのだろうけれど。もうその様子は、化け物にしか思えなかった。

「何だあいつ、ありえねー……」

そう言ったのは瀬呂くんだったか砂藤くんだったか。でもそれには僕も概ね同意だった。常識的に考えて、あんな個性有り得ないだろう。
どんなに力が強くても通じないなら意味がない。オールマイトがそうするとは思えないけれど、たとえ痛めつけたとしたってすぐに治ってしまうのならいたずらに体力を持っていかれるだけ。それに相澤先生があいつに腕をバキバキに折られている──おそらくパワーも相当なものだろう。それを鑑みると、勝機があるから侵入して来た──という考えが、いよいよ現実味を帯びて来たように思えてならない。
その次の瞬間、僕の心臓は今度こそ停まりかけた。安堵したり恐怖したり何だか忙しいな、と思わず現実逃避してしまいたくなる。おそらくは勝己が、靄の敵を押さえていたからなのだろう。それを解放させるために、脳剥き出しの奴が勝己のほうに突進したからだ。オールマイトと張り合えるほどの力を持つ敵が、だ。一瞬後には勝己は既に脳剥き出しの奴の向かう先にはいなかったけれど。代わりにそこにいたのはオールマイトだ。オールマイトが助けてくれたのだと思う。動きは全く見えなかったけれど。

──それからはもう、圧巻の一言に尽きる。

オールマイトと脳剥き出しの奴との真正面からの殴り合い。ショック吸収なんてまるでなかったことにするほどの威力をつけ、さらに再生も間に合わないほどのラッシュ、最後には敵が天窓を突き破って吹っ飛んでいった。こんなことができるのは、世界広しと言えどもオールマイトくらいしかいないだろう。
これが、トップヒーローの実力なのだ。
あの敵さえいなくなれば多分もう、大丈夫だろう。

「ごめんなさい、手伝ってもらってもいいかしら」
「わ、私!浮かすよ!」
「お茶子ちゃん……お願いするわ」
「相澤先生、ひどい怪我……」

蛙吹さんと峰田くんが運んできた相澤先生を麗日さんが浮かせ、それを蛙吹さんが支える。
──そうしたところで、入り口が開いた。

「ごめんよ皆、遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めてきた」
「1−Aクラス委員長飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」

出入口を見やるとそこには、この高校の教師であるプロヒーローたちが揃い踏みしていた。
さすがにオールマイトに加えてこの人数を開いて取るのは部が悪いと感じたのか、靄と手の奴はワープで逃げてしまったけれど──それでも、終わった、のだ。これで。
──時間にして言えば、さして長くはないのだろうけれど。
何だか何時間もこの状況だったような気さえして……うまく言葉にできない。ただ、ひどく疲れた。……帰りたいなあ。

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